二重性のある義姉
僕は野山 慶太。大学四年生だ。サークルの皆と講義が終わったからどこか行く?みたいな話をしてたんだけど…
「ん、ごめん電話だ」
電話が鳴っている。どうやら野山 洋子…義姉さんからだ。ちょっとため息をついてから電話に出る。
「はい、もしもし」
「あ、慶太君ですか?今日の晩御飯何がいいです?」
「今日は早いんだね、そうだな酢豚がいいな豚のブロックあったでしょ?」
「了解です、早く帰ってきてくださいね」
「はーい」
プツッと電話が切れた。サークルの皆に謝って家に急ぐ。見えてきたのはマンション。
ここで義姉さんと二人で暮らしている。両親は二人とも他界していていないから。
「ただいまー」
「…ち、お帰り」
明らかな舌打ち。不機嫌そうにダイニングでテレビを見ているのが僕の義姉さんだ。電話と現実は大違い。
「義姉さん、僕部屋で課題やってるから出来たら呼んで」
「…ち」
これが我が家の会話だ。必要最低限の会話と舌打ち。姉弟の会話ではないな。これは。
「さーてと卒論書くか」
四年生なので卒論を書かなければいけない。一年掛ければいいとはいえ少しずつでも進めたい。
「また電話だ」
また義姉さんからだ。
「あのー慶太君、私お買い物に行ってきますね野菜が無いので」
「えそう?じゃあ僕買ってくるよ義姉さんは仕事で疲れてるだろうし」
「そうですか?ありがとうございます、買ってきて欲しいのは…」
どうやら酢豚の材料が無かったようだ。不機嫌そうな義姉さんを尻目に冷蔵庫を確認すると野菜が全く無かった。これは色々買っていった方がいいだろう。
「じゃあ行ってきます」
「…いってら」
外に出ると夜とはいえ夏なので暑い。これは帰りにアイスでも買っていってあげよう。
「もしもし義姉さん?」
「はい、どうしました?慶太君」
「アイスでも買って帰ろうと思うんだけど何がいい?」
「ええと…あのパキッて割れる奴がいいです」
「了解、じゃあね」
「はい待ってます」
あのチョココーヒー味のやつか。僕も何か買って食べよう。
「ただいまー、冷蔵庫にアイス入れておくね」
「…ち、分かった」
義姉さんはいまだテレビを見ていたようだ。料理は作ってくれると言っているので部屋で卒論。
「義姉さん、どうしたのかな?」
また電話だ。姉弟のコミュニケーションってこんなのじゃないはずだよな。
「はい、どうしたの?」
「代金を渡し忘れてしまって…後で渡すので忘れないで下さいね」
「分かった、忘れないようにしておくね」
口で言ってよ。いや口で言ってるけど顔合わしてくれないと。本当に姉弟なのか分からなくなる。義理の姉弟だからか距離を感じることがある。
「ん」
「もしもし、出来たので来て下さい」
「了解、すぐ行くよ」
確かにおいしそうな匂いがする。酢豚は母さんが良く作ってくれたっけ。
「頂きます、うんおいしいよ義姉さん」
「…あっそ」
素っ気無い返事。この時義姉さんの指が動いているのを見た。これはメールかな。
僕の読みが当たりメールが届いていた。義姉さんはいつもと同じように不機嫌そうだけど。
チラッと中身を見てみると、
タイトル『嬉しいです』
本文『料理をいつも任せてしまって心苦しいのでたまには私にも作らせて下さいね』
だから口で言ってよ。コミュニケーションってこういうのじゃないでしょ。
「義姉さんはいつも仕事で疲れてるんだから家事は僕に任せてよ、ね?」
「…ち、厚かましい」
メールの返信を口で言うのは中々ない体験だ。しかし義姉さんはさっさと食べてしまい部屋に閉じ篭ってしまった。僕も自室に戻ったところで義姉さんからメール。
タイトル『いつもありがとう』
本文『慶太君も講義やバイトで疲れているのにごめんなさい、全て任せきりで心苦しいです。完璧な弟を持って私は幸せ者です』
これはちょっと照れるな。僕から言わせれば義姉さんこそ完璧だ。
今でこそ僕の前では不機嫌だが人への当たり方は良い。勉強も僕より一段階上の大学を出てる。
「返信っと…」
タイトル『こちらこそ』
本文『こちらこそいつもありがとうございます、姉さんがいつも働いているおかげで暮らしていけるのですからせめて家事ぐらいは任せて下さい、大学を出たら姉さんを楽させられるように頑張りますからあと半年待っていてくださいね』
改めて読み返すと小恥ずかしい。いつもメールでは儀を抜いて姉さんと表記している。
そっちのほうが楽だし何より僕の精神的にそうありたいという理由もある。
足をばたばたさせて恥ずかしさにもだえていると返信が来た。圧倒的な早さだ。
タイトル『恥ずかしいです』
本文『私の為にそこまで思ってくれているとは感激です。でも慶太君に無理はして欲しくないのですよ。ゆっくりと大学で自分の長所を伸ばしてください』
義姉さんは優しい。普段の態度だと想像がつかないけど。それを再確認して寝た。
「おはよう、あれ?いないのかな」
目が覚めダイニングに行くといつもは慌しく朝食を作っている義姉さんがいない。
ふと電話を見てみるとメールが一件入っていた。
タイトル『体調が悪いです』
本文『ごめんなさい風邪を引いてしまったようです。安静にしていれば治るので気にしないで下さい』
風邪引いちゃったのか。昨日は元気だったのに。今日は大学休もう。義姉さんが心配だ。
「義姉さん、入るよ」
「はぁ…ち」
息苦しそうなのに舌打ちは忘れないのね。悪態ついても仕方ないでしょ。
「…大学は?」
「休む、熱は…」
「!…離れ…ろ!」
「いたっ!ごめん!そこまで嫌だとは思ってなくて!」
額をくっつけたら顔を引っ掻かれた。でも一瞬だけど確かに熱かったな。
「冷却シート…嘘無い!うーん…」
仕方ないのでタオルを水に濡らして額にくっ付ける。心なしか顔が緩んだ気がした。
「ずっといるから、なにかあったら呼んでね」
「…うん」
義姉さんは安心したのか寝てしまった。僕も出来るなら近くにいたいけどお粥を作っておこうかな。
「ちょっと離れるよ、すぐ戻るから」
ご飯はあるし材料も昨日あれこれ買ってきたから美味しいお粥が出来そうだ。
「よし、早く戻ろう」
義姉さんが心配だ。僕って結構シスコンなのかも。
「慶太…」
「ん?寝言か」
「ごめん…なさい」
息苦しそうだ。タオルを交換しても汗が滲んでる。体温も心なしか上がっているような気がする。
「ごめん…なさい…ごめん…なさい」
「義姉さん…何も悪い事してないでしょ…」
ずっと謝り続けてる。そこまで謝る事もないのに。僕だって謝りたい事は沢山ある。
「慶太…?」
「どうしたの?義姉さん」
「…腹減った」
「お粥出来てるよ、温めるから少し待ってて」
「…離れないで」
「すぐ戻るから、本当だって」
「…うん」
調子が狂っちゃうな。こんなに素直な義姉さんは見たことが無い。本当に体調が悪いのだろう。
「はい、義姉さんお粥だよ」
「…食べさせて」
「分かったよ、ふーふーはい」
「…薄い」
「濃くしちゃったら体に悪いでしょ、ふーふーはい」
冷ましながら食べさせるとなんとか食べてくれた。これで暫くは安泰だろう。
「タオルを変えるからね、はい薬」
一日中ずっと看病していたら随分良くなったみたいだ。でも息苦しさは消えてないみたい。
ずっと息が荒い。心配だな。眠っていても汗と息の荒さが不安を増幅させる。
「慶太…ごめん…なさい」
「またか…なんでそんなに謝ってるんだろう…」
「ごめん…なさい…」
義姉さんが僕に何かしたというのは覚えが無い。逆ならあるけど。ずっと息が荒い義姉さんを一人にしたくは無いので卒論を義姉さんの部屋で書かせてもらおう。
さすがに日を跨ぐと眠くなってくる。うとうととしてしまいこれ以上は看病できなそうなので額のタオルを変えて自室に戻る。ベッドに入るとすぐに眠る事が出来た。
「ん…ごほ!ごほごほ!うぅ…痛い」
風邪が移ってしまったようだ。僕は風邪を引くと高確率で悪化する。それこそ病院で点滴を受けた事だって何回もある。起きようと思ったけど起き上がれず近くの電話を取るのが一杯一杯だった。
「よいしょ…」
タイトル『ごめんなさい』
本文『僕も風邪を引いてしまったようです。自分で何とかするので義姉さんは気にせず仕事に行ってください』
義姉さんに迷惑は掛けたくない。暫く汗を流していれば多分動けるだろう。そう思い寝た。
「慶太…」
おぼろげに義姉さんの声が聞こえる。ごめん。今は答える力も出ないや。
「ごめんなさい…今日は会社休んだから…」
「あ…りが…と」
「!…無理すんな」
顔も動かせないので目線だけ義姉さんに向ける。こうしていると小さい頃を思い出す。
あの日も風邪引いちゃって大変だったけ。
「うーん…」
「けいた…だいじょうぶ?」
「うん…平気…こほこほ」
「どうしよー…昨日エアコンのリモコンさわちゃったからだよね…」
義姉さんとは最初幼馴染だった。幼稚園、小学校。確か小学の低学年の頃義姉さんを部屋に入れたは良かったんだけど勝手にエアコンの温度を変えてしまい身体の弱かった僕は次の日風邪を引いてしまった。
「お母さんーどうしたらいいのー」
「まったく…慶太君は身体弱いんだから気をつけてねって言ったのに」
お母さん、この頃はまだ幼馴染のお母さんだった。僕も義姉さんも両親はバツ1で再婚したのはもう少し後の事だった。
「これ風邪薬よ、飲んだらすぐに治っちゃうんだから」
今思えばあれはただのイチゴシロップだ。でも暗示なのかは分からないがすぐに治ってた。そこから七、八年経った頃だ。両親の再婚が決まった。幼馴染が姉として家に来た。
「中学に入って難しい時期だと思うけどよろしくね」
「うーん…昔からお母さんみたいな存在だったから、別に嫌がったりしないよ母さん」
「よかったわ、洋子とは姉弟って言う関係になっちゃったけど…洋子は大丈夫?」
「…うん」
この時から義姉さんになって今のような話し方になったのだ。僕達が高校二年と大学二年の時両親が事故でいなくなった時義姉さんは病院でわんわん泣いた。あんまり泣くから僕が肩に触れるとバシッと払って、
「触らないでよ!本当の姉弟でもない癖に!」
「!…分かった…外にいるから」
「ちがっ!…はぁ」
義姉さんが出てくるまで僕はずっと部屋の外にいた。やっと出てきた義姉さんは目を赤く腫らしていて凄く泣いたのが良く分かった。僕は涙が出なかったから回りから見たら薄情者とか思われたのかな。ただ泣く気力が無かっただけだったんだけど。
「帰ろう、家に」
「…」
何も言ってくれない。ただ手を握ってきたのは分かった。僕は晴れた夜空を見上げながら、
「僕の事をさ、別に姉弟だって思わなくていいから…でも僕は姉だと思ってるよ」
返事は無い。でも手の握りが強くなった気がした。家に帰って電話を見てみるとメールが、
タイトル『これから』
本文『これからは姉弟二人でやっていきましょう、さっきは怒鳴ってごめんなさい。カッとなってしまい心にも無い事を言ってしまいました。許して、とは言えませんが謝らせてください。本当にごめんなさい』
これには面食らった。いつも電話は使わないしメールだって僕の一方通行だ。
だからこんなメールは初めてだしまず敬語を初めて僕に使った。これが今のスタンスだ。
両親の遺産が少しだけどあってそれとバイト。義姉さんが会社に勤めてから結構楽になった。そして時は戻って今。
「…タオル変える」
「ありがと…」
「…喋んな体きついだろ」
不機嫌そうだけどしっかりやってくれて嬉しい。昨日の風邪も治ってくれたようでよかった。病み上がりだからそんなに近くにいて欲しくないな。また風邪引いたら大変だし。
「…粥作った」
「ありがと、自分で食べられるから…ごほ!ごほごほ!」
「!…無理すんな」
こんな調子で僕が寝るまでずっと傍にいてくれた。今回は幸運な事に悪化せずに済みそうだ。次の日に完全に治っている事を祈って夢の世界に落ちていった。
続