私は魔法使い、らしい。
「あたしのお姉ちゃん、魔法使いなの。」
私の妹はそう信じ、友達からいじめられているらしかった。
母親は看護師でほとんど家にいないものだから、毎晩絵本を読み聞かせるのは私の仕事で、いつからか妹は私の空想話を聞くようになった。
しかし私は自分が魔法使いだというような事を言ったことはない。
だからなぜ、妹が私を魔法使いと呼ぶのか不思議でしかたなかった。
私はいじめられている妹を見て見ぬふりはできないし、妹がいじめられている原因が自分にあるかもしれない。だから私は、
「私は魔法使いじゃないよ。」
と何度も言った。
しかし妹はこう言う。
「それはお姉ちゃんが気づいていないだけでしょう。」
と。
そう言う妹の顔はいつもの幼いお人形のような顔ではなく、どこか大人びたものだった。
けれどもそんな顔をしたのはほんの一瞬のことで、
「お姉ちゃん、今日はどんなお話をしてくれるの?」
と聞き、ピンク色をしたウサギの抱き枕を抱く腕をぎゅっとするものだから、私は
「じゃあ昨日の続きね、」
と言って、妹の横になるベッドの横で空想話を始めるのだった。
ここ数日続けているのは“野菜の国のお姫様”のおはなし。
妹は好き嫌いが激しく、野菜をなかなか食べてくれない。
そこで私が考えたのが、野菜の国のおはなしだった。
野菜の国のお姫様も好き嫌いが激しく、野菜が嫌い。
けれども野菜それぞれにまつわる妖精さんと仲良くなり、一つずつ克服していくといったストーリー。
私は前日妹にしたおはなしに登場させた野菜を、朝方帰ってきた母親に伝えてから妹の手を引き学校に行く。
するとお夕飯には必ずその野菜を食材とした料理が出されるのです。
妹は最初は嫌な顔をしていましたが、今では
「今日も頑張って食べるから、またお話聞かせてね。」
と言って、苦手を一つずつ克服していったのです。
妹はもしかしたら私よりもずっと、大人なんだと思いました。
そんなある日、私は風邪をひきました。
その日も母親は家にいませんでしたから、
「お姉ちゃん、大丈夫?」
と妹は不安そうな顔で私をのぞくのです。
「今日はあたしが、おはなししてあげるね。」
妹がそう言って大事にしているウサギの抱き枕を私に押し付けてきたので、私は熱で朦朧としながらも、「ありがとう。」と言いました。
風邪をうつしてはいけないと、母親が買い置きしているマスクを耳にかけながら……。
妹のしてくれたおはなしは、魔法使いとお姫様のおはなしだったと思います。
正直内容は覚えていません。
しかし翌朝には熱が下がっていて、本物の魔法使いが来て治してくれたのではないかと、私は思いました。
あのときは確かに――そう。
私は今は社会人。妹は大学生になりました。
私たちは今でも一緒に住んでいて、よく話もします。
それはお互いの近況だったり、些細な相談。
もうあのときのような空想話をすることはありません。
しかし突然、妹は言いました。
「お姉ちゃん、小さい頃おはなし作るの上手だったよね。」
と。
「突然どうしたの?」
と私は聞くけれど、妹は
「あたし、お姉ちゃんが毎晩してくれたおはなし、今でも覚えているんだよね。」
と言うのです。そして、
「あたしもお姉ちゃんも。いつか誰かと結婚して、子供ができて、絵本の読み聞かせをしたりするときがくるのよね。」
と続ける。
「何よ急に。」
妹のほうを見ると、妹はソファに横になったまま、あのときからいる“ウサギの抱き枕”をポンポンたたいて、
「なんとなく、思っただけよ。なんとなく……」
と言うのです。
だから私は聞きました。
「あんた、私のこと魔法使いだって言っていたけど……。
あれはどういう意味だったの?」
と。
「え?どういう意味って、
本当のことでしょう?
あたしのお姉ちゃんは、今も昔も魔法使いなんだから。」
その瞬間、幼かった頃の妹の顔がそこに思い浮かんだ。
「私が気づいていないだけって、そう言うの?」
「そうよ。
お姉ちゃんは魔法使い。私をお姫様にしてくれたんだから。」
妹は起き上がり、私に向かって微笑んだ。
「どういうことよ。」
「だから、お姉ちゃんは魔法使い。あたしはお姫様。
シンデレラとかとは違って、“野菜の国のお姫様”っていうのが腑に落ちないのだけど。」
そういうことか。
私は真面目な顔をして言う妹を見て、思わず笑った。