7.情炎
兄に魔の素養はない。それだから、兄に魔法や魔術や術のことはよく分からないのだろう。
そんな兄の説明だから、さっぱり理解ができなかった。本人が理解していないのだから仕方がないのだが、分からないと言うのも気持ちが悪い物だ。
とりあえず、隣国の姫君が兄の婚約者で、つまりそれはいずれこの国に嫁いでくる約束ということだ。そしてその彼女が兄に魔を絡めた張本人ということは確かなようだから、それまで待てば分かることもあろう。気になるが、それほど強力なものではなさそうなので、おそらくほかの誰かに気付かれて騒がれるということもなかろう。俺が気付いたのだって、それは血縁という近しいものの中に異物が入り込んだ違和を感じたというだけなのだから。
それきり俺はそのことは忘れた。ふりをした。
「情炎の」
と、いつしか俺は呼ばれるようになった。
炎を意味する名とこの髪の色からだろう。俺はむしろ冷めているほうだが、おそらく恰好がつくとかそういうだけの意味だ。
いつだったか兄がそれを耳にしたらしく、楽しそうに話しかけてきたことがあった。あれは神殿と城とをつなぐ回廊で、兄の行動範囲からは外れていたから、あの人わざわざからかいに出てきたのだろうか。
「情炎の。次期神官長だそうだな」
久々にぎらぎらする目を前にして、俺はそれをまともに見られなかった。
それは情炎と呼ばれるのと時を同じくして囁かれるようになった噂だった。その時点ではまだ噂だけだった。というよりも、名で呼ばれなくなり称号で呼ばれるようになるのはそういった要職に就くものだけだから、ある意味内定のようなものだったのかもしれない。
「‥‥まぁ、妥当なところでしょう」
魔力量はそれなりだし、何より生まれがある。継承権がないとはいえ王族だ、それを頂点に上げない理由はないのだろう、という程度のことだ。
「お前が神官長になったら」
目はぎらぎらとしているのに楽しそうに、兄は言った。
「俺に従え」
「今だって従っているでしょうに」
神殿はきちんと王家に従っている。兄だってそれは知っているだろうに。だが兄は重ねて言うのだ。
「王家ではなく、俺に従え、と言っている」
あぁ、そういうことか。
俺は同じ笑みを浮かべて応えた。
「御意に」