6.魔術
「お前、これを解析してみる気はないか?」
これ、と言いながら兄は己の胸元を親指で差してみせた。
確かに兄に絡んでいる魔であるので、それに間違いはないのだろうが、素の兄がそういう所作をすると類を見ないほど偉そうに見えるな。にやりと口の端を上げる笑みは、普段の王子然としたものとはまるで違い、気品は感じられない。
「兄上、一応私は神官なんですが」
言いながらも本心では、その誘いに乗りたいと考えている俺がいる。
俺の本質は神官よりも魔術師に近い、ということは分かっていた。世界の理を容赦なく解体して解析して論を組み上げたい、という漠然とした想いがある。
それは神殿の理屈から言えば異端でしかない。社会が忌避する魔術師そのものだ。
俺は感覚で魔を編み上げるような、魔法使いにはなれない。だが、神殿に伝わるだけの術では物足りなさを覚えている。そこに伝わるものでさえ、きちんと理解して組み立てなおせば一層の効果を上げられるだろうと思う。だが神殿に仕える以上それはできない。ひたすらに古きものを後の世に伝えることだけが使命となる。
それはいかにもつまらない。だがそれをやめるだけの熱意は、今の俺にはない。
「まぁ、気が向いたらでいい」
「‥‥はぁ」
煮え切らない俺に、言い募ることの無駄を悟ったのだろう、兄はあっさりと引いた。それにもわずかばかりの物足りなさを覚え、けれどこれだけは、と俺は口を開いた。
「兄上。それは誰の術なのですか?」
見れば、兄が手に取っていたのは初級の魔法書だった。そんなものを見ても兄には魔は操れないし、そもそも魔法は現在では忌避されるべきものであるのだが、敵を知るという名目で図書部屋にはそのような書も揃っている。読んでも感覚以上のことは分からないような代物であるが、そんなものに今更手を伸ばすということは、兄にもその術が何であるかよく分かっていないということだろう。
「隣国の姫君だ」
「‥‥宵闇の名を見出した、という?」
有名な話だった。隣国には王子と姫とが一人ずついるが、下の姫は恐ろしく聡明で姫君であるのがもったいないくらいの器量であるそうだが、とても大きなケチがついている。聡明なだけあってその名を見出したのも恐ろしく早かったのだが、その見出した名がよりによって大罪人の忌み名であったというのだ。それは俺も知っている話だが、
それがどうして兄に魔を絡ませることになるのだ?
思わず首を傾ける。
「あぁ。婚約者殿だからな。会って話をしてきた」
それも初耳だが、だからそれでどうして術につながると言うのだ。