4.神殿
そして数日後、成人の儀の場で、俺は正式に王位継承権所持者でなくなった。同時に母の生家の後見を得て、神殿での修業が始まった。
兄はと言えば、成人を機に、これまでよりも施政に携われるようになった。すでにいくつかの施策が通っているという、やはり王には兄が相応しい。さらに兄は兄自身の判断で、諸国とのつながりを強めるためにかよく国を出て行くようになった。おかげで、俺と兄とが共に過ごすということはとみに減った。かつてもそれほど仲が良かったわけではないが、かつては勉学は共に行っていた。成人後はそれすらなくなった。
それに、俺が神殿に入ったのは成人後、修業を始めるには時期が些か遅い。勢い修業は厳しいものとなり、泊まり込みも珍しくない。俺の生活の中心はすぐに城から神殿へと移り、より一層兄との距離は物理的に広がった。
兄と距離を取れて、ほっとしたのは事実だ。
さて、神殿とは言っても、特定の神を祭っているわけではない。というより、この大陸に神格のある神はない。では何を祭っているのかと言えば、それは世界そのもの、ということになる。世界というよりもこの大陸だろうか、だからまぁ、そうと明記されてはいないが地母神のような扱いがないでもない。だが、あくまでも世界は世界だ。大地や空や太陽や川、それら全てを包括して世界だ。
かつて、この大陸にはただ一つの王国があった。
我々はこの大陸以外に大地を知らない、だから、大陸を治めたと言われる一の王国は、すなわち世界を治めたということになる。その再来は大小全ての国々が求めるものであるし、それは世界を統一すると言うことだから、神殿の目指すところでもある。
俺は、この時代にそれを為すとしたら兄だろう、と確信していた。
だから、神殿に仕えるというのは俺の認識としては兄に仕えることと同義であるのだ。双子の兄を神格視しているなどと、己を顧みると寒気しか感じないが突き詰めるとそういうことだ。突き詰めなければ当然別視しているが。兄は兄であり、神でも世界の中心でもない。ただ一人の兄弟であり、支えるべき王であるというだけだ。
神を讃えないとなると、では神殿に仕えることとは何であるのか、と言えば、それはすなわち過去の歴史における魔法使い・魔術師であるということだ。
かつて一の王国の終わりに、一人の魔法使いがあった。宵闇のエン、という名だけが伝わるその魔法使いは、一の姫を攫い、一の王国を終わらせた。それは大罪であり、だから今の時代に魔法使いはいない。魔法ではなく術を操る魔術師と呼ばれる存在は、しかしその容赦なく世界の理を解体する様から忌み嫌われ、結局魔法使いと同じものを見なされた。
それ故に、巫女・神官だ。その実扱うものは同じ、魔、であるのだが、神殿の名のもとに世界をあるべき姿にするための術を扱う者、とされ、つまり現在公に存在を許される魔法使いということだ。誰もそうとは明言しないが。