2.放棄
それから数年、俺は無気力な王子を演じた。
演じるほどでもなかった。もともとそれほど気骨があるほうでもないし、比較対象としての兄は異常なほど己の振うことのできる力を伸ばすことに熱心だったのだから、普通にしているだけでも余程やる気はなく見える。
そして、数年後、俺たちの成人が近付いた14歳のある日、俺は一人で父王の元へ赴いた。
「父上」
いつだって俺は兄の邪魔をしないように一歩退いていたから、そういえば父と相対するのはもしかしたら相当久し振りかもしれない。
「フエゴ、か。アデランテでなくお前が来るとは珍しいこともあるものだ」
ということは、兄は父の執務室に何度となく足を運んでいるということか。流石野望のひとは違う、と素直に思う。
「そうですね」
「アデランテのように執務の手助けに来たというわけでもあるまい。何の用だ」
しかもすでに執務にまで口を出しているというのか、あの野心溢れるひとは。成人もまだだというのに、下手をすれば暴挙と呼ばれても仕方がないのではないだろうか。
俺は鋭い父王の目をまともに見返した。あの兄と視線を合わせることを考えれば、どうということはなかった。父に威厳がないとは言わない。兄のそれは、必死すぎて破壊的だと言うだけだ。
「継承権を放棄させてください」
これは俺の我儘だ。保身でもある。だが、ただ俺は、あの必死なひとを追いつめる要素を少しでもなくしたかった。
俺の言葉を聞き、けれど父王は些かの狼狽も見せなかった。
「‥‥お前は、城内の噂ほど無気力と言うわけでもなかろう。理由は?」
肩をすくめそれに応える。
「理由が必要ですか?」
正確には応えていない。だが、父王が俺のそんな不真面目な答えに何かを言うことはなかった。そのとき執務室の扉を叩く音があったから。
父王が入室を許可する。扉が開いて入ってきたのは、やはり兄だった。父王に礼をし、次いで俺に目をやってその目を物騒に細めた。
「父上。‥‥フエゴ?」
「アデランテか」
「兄上。丁度いい、兄上にもお伝えしたい」
俺は久方ぶりに兄と目を合わせ、父王が止めるよりも早くそれを告げた。
「私、フエゴ・カミノは、カミナンド王国継承権を放棄し神官に下ります」
空に刻んでしまえばこちらのものだ。父王がたとえ王といえど、世界に宣言したことはおいそれと翻せない。