5.結界
「‥‥結界を、強化、ですか?」
今俺の目の前には、戸惑ったように目を瞬かせる神官長が座っている。
「はい。‥‥正直に申しますが、ここのところ城内がかなり不穏なのです」
「それは‥‥えぇ、はい、その通りだと‥‥」
思わず鼻で笑いそうになった。このふくよかな神官長がそこまで他人の心に敏感だとは思わない。ただ合わせているだけだろうに、何を曖昧なことを言うものか。だが俺は侮りを隠して神妙に頷いてみせた。
「兄の‥‥国王陛下の成婚に、一片の曇りもあってはならないでしょう?」
それに対して首を横に振るわけはない。特に興味もなさそうにしているが、その実、この神官長が兄に対して一種屈折した忠誠心を抱いていることくらい、俺はよく知っている。少し違うが、愛憎半ばする、というのだろうか。陣を通して垣間見たところによれば、かなり複雑な色をしていた。
「しかし、次第を今更変更するのは‥‥」
確かに、兄の成婚についてはすでに広く告知してあり、日取りも概ねの時間割も決定している。その時期に話を出したのには、いくつか理由がある。俺は不安そうな神官長に、せいぜい重々しく頷いて見せた。
「分かっています。何も変更する必要はありません。
ただ、神殿での言祝ぎに、少しばかり参加させていただきたいだけです」
神官長はよく分からない顔をしていた。それでいい。
いくら今代の神官長が正しく神官で、魔術に造詣が浅いとは言っても、興味を持って調べられたら俺が編みこみたいものが魔術であると気付かれるかもしれない。そうして俺が魔術師であることがばれるのは、兄の勝手で国の中枢が荒れているこの時期にはまずい。だったら、時間がないことにして詳細は知らせず、俺が勝手に行うことにするほうが余程よい。
「参加‥‥とは?」
「言祝ぎの文句には、結界の維持も含まれているのでしょう?」
神官長はとぼけようとしたようだが、俺が切り込むとぎょっと目を剥いた。あぁこの人に腹芸はできないのだな、と俺はどこか納得した。
「何故それを‥‥ご存じなのですか」
答えは簡単。俺が、神官長の部屋に何度なく忍び込み、如何にも厳重に仕舞いこまれていた冊子や巻物に目を通して、それが神官長に代々伝えられている秘伝と知りながら、理解したから。
とは言えない。俺は申し訳なさそうに目を伏せて見せた。
「やはりそうだったのですね」
かまをかけたのだ、と思われるように、せいぜい心苦しいと顔に書いて。




