13.機微
兄の執務室には人の気配があった。
息を整えてから、扉を叩く。応えがあり、俺は扉を開いた。
王族というのは常に侍る誰かがおり、己の手は動かさないものだろうが、この国では違う。というより、兄と俺とが普通ではないのか。兄は兄で、野望に向けて動いているために他人を寄せ付けることはせず、さらにはいつの間にか誰より強くなっていたために、侍る騎士はむしろ思考の邪魔だと遠ざけた。俺は俺で、継承権を放棄した以上守られるべき存在ではないし、そもそも俺は神官となったのだから必要ない、と言い張った結果、一人になることができた。
一人は、楽だ。何一つ飾らなくていい。
「兄上」
「フエゴか。どうした?」
声をかけ、書類から顔を上げた兄を見て、俺は違和を覚えた。
「‥‥兄上、何かいいことでもありましたか?」
いつになく上機嫌だった。隣国の併呑は、それは喜ばしいことかもしれないが、その程度のことでこの兄が喜ぶとは思えない。兄の望みはもっと大きく、この大陸全土なのだから。
「‥‥いいこと?」
兄はきょとんとした。気付いていなかったとでもいうのだろうか、それとも気付かれないとでも?
「‥‥あぁ、そうか。それで楽だったのか」
「兄上?」
「いいことがあったのは俺ではないよ。
婚約者殿が満たされたらしい」
「は」
周りに他人がいない場所では、兄は飾らず話をする。親切に説明することもないので、何を言っているのか分かりにくいことが多い。
疑問符を浮かべる俺に笑いかけて、兄は楽しそうに言った。
「なんでも俺にかけられた術は、心をつなげる術らしい」
「‥‥つまりつながった先の婚約者様の感情が、兄上に影響している、と?」
それは果たして大丈夫なのだろうか、と、絡んだ魔を初めて見たとき以上に不安を覚えた。
だが兄は、自分のことのように嬉しそうに破顔する。
「ずっと満たされていなかったからな、彼女は」
それに対して覚えたのは、確かに嫉妬だった。そこまでの理解を、俺は誰にも期待できないからだろうか。




