9.解放
ある夜。
ここ数日、城内の自室には戻っていない。俺は神殿内の仮眠室で、正確には仮眠室でもなんでもないのだが丁度良いソファがあるのでそのような用途に使っている部屋で、何か空気が変わった気がして顔を上げた。
「‥‥何だ?」
悪い予感ではない。だが、何かが変化したのは確かだ。
俺はソファから身体を起こし、立ち上がって部屋を出た。この部屋は閉じられていて、仮眠をとるにはよいのだが周囲を探るには具合がよくない。部屋を出て、少し立ち止まり、次に神殿の屋上を目指した。
屋上と言ってもそれほどの高さではない。当然王城よりも高い建物などこの付近には存在しない。国境付近の封印の塔くらいのものだ。月のない夜を見回して、ほのかに明るいのは王城、それを背に俺は立った。
夜は、夜だった。だが、確かに何かが変化していた。
「‥‥あぁ、くそ‥‥」
だが、変化を捕らえる前に、それは世界に紛れてしまう。何かが起こったのは確かなのに、それから何も変わりがないものだから、人間と言うのはすぐに慣れてしまうのだ。
悪態をつき、その後も往生際悪く考えていたが、やはりどうにも掴めなかった。諦めて仮眠室に戻ろうと踵を返したその時、
「‥‥魔、が」
魔が、膨れ上がった。
そうか、と思う。先ほど感じたそれも、同じく世界に魔が満ちた感覚だった。
「何が、‥‥」
だが、それは現象であり原因は分からない。
誰も騒いでいないところを見ると、俺以外に気付いたものはいないらしい。確かに、世界の魔の総量が増えた――というよりはあるべきものが戻った、ように感じられたが、だからといってそれは何らの影響を与えるものではない。例えば直後に何らかの魔法なり魔術なり術なりを行使すれば、思った以上の効果が出てしまうのだろうけれど、慣れてしまえば状況に合わせて自動的に魔力量は抑えられるものだろう。俺も、膨れ上がったその瞬間でなければ、いつも通りの術の行使しかできない自信がある。
「‥‥封印が解かれた‥‥?」
似たような現象は、それで説明がつくことではある。神殿に伝わる術に、そのようなものがある。といってもそれは、限られた範囲に封印をかけその内部の魔を別の術に転用する、と言うようなものだ。封印内ではあらゆる術の行使ができなくなるから、それを期待してかけられることも多い。その術を解除したときには、封印されていた範囲内には今のように魔が急激に満ちることにはなる。
だが、今のはそれとは桁が違う。世界中、閉じられたことのない範囲全てに、魔が満ちた気配だった。
そんなことができるだろうかと考え、戦慄した。




