ドロップキック☆
お久しぶりです。短編なので楽しんでくれるとうれしいく思います。
「なめんじゃねえええぇぇぇぇ。」
―――ドカッ
―――ガシャン、ガシャガシャン
きまった。奇麗に入ったぞ。必殺、ドロップキック。
「私にだって感情があるんだよ。ふざけろ、バーカ。」
―――バタン
そう、捨て台詞を残し家を飛び出した。
***
私、椎名桃子(しいなももこ)26歳は結婚して今日で1年になる。
夫は、椎名涼(しいなりょう)29歳、システム制作部第2課の係長……今年度春から、課長に昇進することが決まっている私の元上司である。
この男、とにかく無口である。
結婚して1年夫婦の会話は、私が投げ掛けた質問に「ああ。」「わかった。」「そうか。」ぐらいしか返してこない。ひどいときは「ん。」これのみだ。この男は会話をする気がないらしい。
これなら、上司と部下で会った時のほうが、よく話していたように思う。内容は仕事のことだが……。
まあ、日常生活はこれでもいい。なんとかやっていけるし、うるさいよりは静かなほうが落ち着く気もする。
ただ、夫婦の夜のコミュニケーションも無口とはいかがなものだろうか。
表情にも出にくい人なので、いつスイッチが入って襲われるか分かったものではない。
触れられているときも、次にどこに来るのかとか……緊張する。
それに、何より名前くらい呼んでくれてもいいと思う。
名前を呼ぶのも、声を出すもの私だけ……。時々聞こえる吐息と、触れ合う素肌で存在を確認している。
出るものは出るんだから、私で気持ち良くなっているとは思うが、自信はない。
さしずめ、私はダッチワイフだ。
これでよくプロポーズなんてできたものだ。
まあ、私はあれを、プロポーズと呼んでいいのかもわからないが……。
週末、食事中の会話はゼロといっていい、いつものデート後、お持ち帰りされ、朝起きたら左薬指に高そうな指輪、目の前に突き付けられる、記入が半分終わった婚姻届。
私は、夫が好きだったし、性格も知っていたし、うれしかったから記入したけど……結婚1年目、間違いだったかもしれないと思う日々。
しかし、今日は結婚1年目という記念日。普段なら記念日なんか気にもしないが、うれしいこともあったから、そのお祝いもかねて、パーっとやろうと決意を固めた。
そうと決まれば話は早い。夫が帰ってくるまでにごちそうを用意せねば。
ダイエット中ではあるが、今日は特別にケーキもつけちゃおう。
そんなことを考えながら、今日の夕飯は楽しい時間になると思いながら、いつもよりも二言、三言でいいから会話も増えることを願いながら準備していた。
***
―――カチャン……キィー、バタン
夜、いつもより少し早い時間に夫が帰宅した。いつものように玄関までお出迎えに行く。
「お帰りなさい、お仕事お疲れ様。今日は寒かったでしょう。」
「ん。」
「ん。」ってなんだよ。どれに対してだよ……全部に対してかよ……。
期待してなかったけど傷つく。いつもより早い帰宅に、結婚記念日を意識していてくれたんではないかと、思っていたからなおさらだ。
「今日は結婚記念日なんだよ。ごちそう用意しちゃった。」
「ああ。」
「あとね、うれしいニュースがあるの、あとで聞いてくれる。」
「ああ。」
「…………疲れてるの。」
「いや。」
会話が終わったと思ったのか、背中を向け寝室のほうに向かう夫。
なんだこれ、なんだこれ、なんだこれ、これって会話なの。私のアピールって何にも伝わらないの。私には言うことなんてないってこと。私には話す価値もないってこと。
そんな風に考えたら、今まで一人浮かれて準備していたのが馬鹿みたいに思えた。
身体が勝手に動いて、助走をつける。
「なめんじゃねえええぇぇぇぇ。」
―――ドカッ
前を歩く夫の背中にドロップキックを入れた。
―――ガシャン、ガシャガシャン
夫が倒れる。衝撃で棚からものが落ちる。
でも、そんなことにかまっていられない。
「何なわけ、私とは会話なんかしなくていいと思ってんの。それとも私のこと、感情のないダッチワイフだと思ってんの。だから、ベッドでも名前さえ呼んでくれないわけ!?私にだって感情があるんだよ。ふざけろ、バーカ。」
―――バタン
財布と携帯、コートを持って家を飛び出した。
***
家を飛び出して2時間が過ぎた。
持ってきた携帯が、休みなく着信と受信を告げる。
もちろん出る気はない。
「しゃべらないくせに、電話なんか意味ないじゃんか……。」
携帯を手にし、電源を落とす。
「落ち着いたら帰りますよーだ。」
家の近所にいると見つかってしまいそうで、電車に乗って海にきていた。
夫と初めてのデートで来た思い出の海だ。
初デートはドライブで、とっても天気のいい日だった。車内は無言で、はじめのうちは居心地が悪かったけど、カーステレオから聞こえる音楽、吹き抜ける風、彼の息遣い、そんなことを感じていたら自然と居心地の悪さはなくなった。
特に目的があったわけではないが、ただ海を眺めた。そんな思い出……。
今、一人で眺める海は、暗くて、飲み込まれそうで、とても寂しい。
急に夫が恋しくなって、家に帰ることにした。
***
―――キィ、バタン
玄関の扉を開け中に入る。
明かりはついているものの、人の気配はしない。どこかに行っているようだ。
靴を脱いで家の中へ。廊下には、夫に蹴りを入れたとき、棚から落ちたものがそのままになっている。
それらを棚に戻し、部屋の中へ。頑張って作ったごちそうには、一切手が付けられていない。それだけではない。なぜか、私のスペースにあるものが漁られてる……。
―――バタン、ガタ、ドタドタ
玄関の扉が開いたようだ。そして、ものすごい勢いでこっちに迫ってきている……。
―――バーン
「……いた。」
久々に、いつもの言葉以外を聞いたぞ。
そんなことを思っていたら、ものすごい勢いで肩をつかまれた。
「……ッイタ……。」
思わず振り払おうとしたが、より強くつかまれた。
「……どこに行っていた。」
「…………。」
「どこに行っていたと聞いている。」
「……海…………。」
「海だと……。携帯にも出ないで、どれだけ心配したと思ってる。お前の親や友達に電話して、行きそうなところを探して、家に帰ってるんじゃないかと思って、時々家に戻ってきたりしたんだぞ。それに一人で夜の海なんて、危ないじゃないか。」
なんで、一方的に攻められなくちゃいけないんだろう。確かに、心配かけた私がいけないけど……出て行った原因はそっちにあるのに……。
「……なんか言ったらどうなんだ。」
「…………ダッチワイフのことなんか心配しなくていいのに…………。」
「なっ」
「違うの。じゃあ、性欲も満たせる家事ロボット?私になんか言っても、通じないと思ってるんでしょ。」
「…………。」
「ほら、何にも言えない。図星なんでしょ?」
幸せな日になると思った日が崩壊していく、そう、感じていた。
「……違う。」
「何が違うの。」
「……違うんだ、桃子。」
視界が急にぼやけた。
「桃子、なんで泣いてるんだ。」
言いながら私の頬をなぜる。視界がぼやけるのは、どうやら泣いているからみたいだ。
「……名前知ってたんだ……。」
「……はぁ、かみさんの名前知らない奴がどこにいる。」
「だって呼ばないから、知らないか、忘れたんだと思ってた。」
「そんなわけないだろ。」
「それに、いっぱいしゃべってる。」
「……それについては、本当にごめんな。桃子の隣は居心地良くて、しゃべらなくても通じてる気がして……。俺、甘えてたんだ。でも、しゃべらなきゃ伝わらないよな。寂しい思いをさせてごめん。」
「わ、私こそ蹴ってごめんなさいいいぃぃぃ。」
「あれは、驚いたな。」
夫はそういって笑いながら、ダムが決壊したように泣く私を、抱きしめて慰めてくれた。
***
いつもよりずっと遅い夕食。いつもより口数の多い夫。思い描いていた、幸せの日だ。
「そういえば、嬉しいニュースってなんなんだ。」
「ん、あのね、……妊娠したの。」
「へ、にんしん……?」
「うん、生理が遅れてるからもしかしてって思って、今日病院に行って来たら今2か月半だって。ねぇ、嬉しいニュースでしょ。」
「…………。」
「……嬉しくないの?」
「……妊婦が、ドロップキックをきめたのか……。か、体は大丈夫か?腹は、赤ん坊は平気か?夜の海になんていって、体冷やしてないか?気分はどうだ、悪くなってないか?」
「心配してくれるの?」
「当たり前だ。妊婦のかみさんを心配しない馬鹿がどこにいる。」
「赤ちゃん、喜んでくれる。」
「……愚問だ。それに、孕ませたのは俺だしな。」
「もう。」
***
―――翌朝―――
夫に甘やかされ、私は朝寝坊。
そんな私の首には、夫から結婚記念日のプレゼントがついていましたとさ。
たぶん続かない。
***
~オマケ~
長かった一日も終わり、いよいよ就寝というところ、妻から質問が投げ掛けられる。
「ねぇ、なんでベットの中でも何にも言ってくれなかったの。」
「…………。」
「また無言。そんなことしてると蹴りいれて、また出てってやるんだから。」
「……しゃべり出すと止まらなくなりそうだったんだよ。」
「何が。」
「……はぁ、俺だって男だ。好きな女が感じてたらいろいろ言いたいこともある。でも、言ったら嫌われるかと思ったんだよ。」
「……そんなわけないじゃない。」
「そうだな、今日でよくわかった。その体でまた、蹴りいれられたら困るしな。本人からの許可も出たことだし、遠慮しないで言うことにするよ。」
「……うん。」
「手始めに、今夜からだな。」
「うん。……へ、え……私妊娠中……妊娠初期だし……。」
「ああ、だから、無理のないようにな、手加減する。一緒に気持ち良くなろうな。」
こうして、甘い夜は過ぎていく。
隣にはいろいろあって、疲れて眠ってしまった彼女。最たる原因は俺だが……。
そんな彼女の髪を撫で、ベッドを降りる。
部屋の隅においてあった鞄から箱を取り出す。本当は今夜渡す予定だったのだが、しょうがない。
包装をとき、箱の中からネックレスを取り出す。それを寝ている彼女の首につけ、ベッドに戻る。
彼女を抱きしめて言う。
「いろいろあるとは思うけど、これからも頼むよ奥さん。」
***END***