ぷくぷく
「私ミミズになりたいのかもしれないわ。」
放課後の保健室。
僕の後ろで彼女はそう洩らした。
保健室には毎日居る僕だけど、彼女とは初めて会った。
僕に言っているわけでは無く。
ただ感じ、思ったままに口を開いた。そんな風。
僕は返答など求めていない彼女に言葉を渡した。
「 」
それから毎日彼女は放課後、保健室に来る。
だけど僕達に会話などなかった。
ただ彼女は僕を見つめていた。
何かを求めているように。切なげに。嬉しそうに。
けれど僕は知らない振り。振り振り振り振り
ある日。彼女は思い詰めた顔をして保健室にやって来た。手には……カッターを持ち。
最悪の場合に備えて、僕は彼女から距離を取ろうと試みた。
だけれど此処は閉じられた場所。
僕はすぐ壁にぶつかった。彼女のカッターが視界に入り、僕は口をパクパク
自分を情けないとは感じなかった。
彼女が怖い。
彼女の顔が恐ろしい。
いや……その目。
眼球が………きょろきょろきょろきょろ。
定まらず。きょろきょろきょろきょろ。その間僕は彼女から逃げ惑う。
何分くらい、そうしていただろう。
不意に彼女が座り込み。
きょろきょろ動かしている瞳から透明なキラキラの雫を………
ソレは彼女の白く柔らかそうな頬を辿り、ツンと尖っている顎までいくとポトリ。と落ちた
「あたしには貴方しかいないのに…何も話してくれない貴方しかいないのに」
語り出した彼女の瞳からは止まる事を忘れたかのようにポトリ。ポトリと雫が……
彼女はカッターを持ったままの右手で制服の左袖をめくった。
「ミミズ……みたいでしょ?」
僕に見えやすいようにか左腕を差し出す。いつの間にか、僕は彼女の近くに…
『ミミズ』だ。
彼女の白い肌を染め侵してしまおうとしているかのように幾筋も。幾筋も。紅の筋が―
「こうやって…あたしはミミズを産むの。」
左腕にカッターを圧し当て、新たなミミズを産んでいく彼女。
「あたし…どうしてこんな事をするのか分からないの。でも気づいた。」
ミミズを産んでいる彼女は顔を上げ微笑んだ。
やっぱり雫を落としながら、きょろきょろ眼球を動かしながら…
「あたしミミズになりたいのよ。こうやって一体になりたいのよ。」
彼女はカッターを床に置き、指でミミズをなぞる。何度も何度も…
「ぷくって膨れてる私の左腕。」
僕は彼女を見つめた。
彼女と僕の目が合う。瞬間、まるで解け合うような感覚。彼女は口を動かす。
『ぷくぷくぷくぷく』
僕と彼女が混ざり合うかのような………
「今日、あたしが産んだミミズ達は数日後には立派なミミズとなるの。」
彼女と一体になりかけの僕に彼女は微笑みながら語る。僕は彼女だけを見つめる。
彼女はまた『ぷくぷく』と呟いて僕に微笑む。
僕はずっとぷくぷくぷくと繰り返す。ぱくぱくぷくぷく。
「貴方があたしと初めて会った時、貴方はあたしにこう言ったわ」
『ぷくぷくぷく』
彼女は微笑み。僕に語る。
「先生に聞いたの。貴方が病気に犯されてるって。後何日かの命だって。」
分かってた。僕はきっと後何日かで死んでしまうのだろうと。
「許さない。」
彼女は天井を鋭く睨み付ける。
「あたしから奪おうとするものを…今まさに奪おうとしているものを。許さない。」
それがたとえ病だとしてもね。と彼女は天井から僕に視線を移し微笑む。
「あたし達ぷくぷく仲間よ。あたしは左腕にぷくぷくのミミズを飼っている。ぷくぷくぷくぷく。」
言いながらまた、ミミズをなぞる。なぞる。
「貴方は……でしょ?」
後数日は大丈夫だと思ってた僕はあんまり自分が永く無いことに気づいた。
きっと彼女も分かったのだろう。
僕が逝ってしまう前に全てを伝えようと早口になる。
「だからあたし達ぷくぷく仲間。仲間。あたしと貴方は仲間。あたしはぷくぷくのミミズになりたかった。きっとそう。だからあたしの左腕という一部にした。貴方も………。許さない許さない許さない。仲間なのに、あたし達……。貴方一人で……一部に…………。」
いよいよ僕は終わろうとしている。
最後に見たのは彼女が僕に両手を差し伸べている姿。
一人になった彼女はまたぷくぷくになろうと、或いは一人ではなく、一つになろうと、放課後の保健室の水槽に両手を入れ、彼を飲み込んだ………………………………………………ぷくぷくぷくぷくぷくぷくぷく