徒歩五分、帰宅未遂。そして、やくざいし。
徒歩五分の道のり……のはず。
どうしてこうなったのか、作者にもよくわかりません。
深く考えず、ゆるっとお楽しみください!
「お大事になさってくださーい!」
「ありがとうございましたー!」
にこやかな薬局のお姉さんにお礼を言い、薬局の自動ドアを通り抜ける。
しがないOLの藤原加奈は、花粉症の常備薬をもらいに来ていた。
柔らかい風が加奈の頬を撫でる。暖かな日差しに、散歩日和だと目を細めた。
人通りも少ないこの土地は、周りの目を気にせず散歩できる。
どことなくいい気分で家へ向かった。
向かったのだが……
「あれれ?」
ノッてきた鼻歌をやめ、立ち止まった。
青空は曇天に変わり、さっきまで吹いていたはずの爽やかな風は、今は湿気をまとっているではないか。
ひとまず空を仰ぐ。
上、良し。
右、塀。
左、塀。
極めつけに、前は暗がり。
スマホを取り出すも、圏外だった。
一度ポケットにしまう。
もう一度見た。圏外だった。
ここまで十秒。鮮やかな慣れた手つきだった。
「終わった……。」
家から薬局まで徒歩五分の道。
それだけなのに。悲しきかな、彼女はすでに一時間迷っていた。
そもそも、加奈は方向音痴ではない。
目的地へと向かっているのに反対方向へ行き、後ろへ戻れば見知らぬ道へ。かといって進むと、二度と戻れぬ新しい道を開拓している。
それだけだ。
「よし!」
いい意味に考えれば、今こそ方向音痴というレッテルをはがすチャンスだ!そう思い、ひとりでに頷く。
(見てろよ、両親に友達に近所の犬!今日こそ、無事に帰還して見せるんだっ!)
そう意気込んで、拳を天に向かって振り上げた。
勇気ある決断か、無謀な挑戦か……。
幸か不幸か、本人は気づかぬままだった。
「はぁ、はぁ……。」
進んでも進んでも大通りに出ず、加奈は地面に崩れ落ちた。
(所詮私には無理でした。大口たたきました。マップも読めないやつですみません。)
はぁぁ。帰りたい……。切ない思いを胸に、無理やり涙をのみこんだ。
コンクリートで固められた地面。閉所恐怖症の人には耐えられなさそうな両側からせまる塀。
犬や猫、鳥の一匹すらいない。
温かいお布団もない。
おいしいお菓子もない。
あるのは折れかけた心と、花粉症の薬だけ。
「ついに、道に迷って餓死とか?」
大げさである。
「さすがにイヤー!最後は……最後はせめて高級メロンを!」
「おい、お前。大丈夫か?」
「へっ?」
振り向くと、若い男がいた。
真っ黒な新品そうなスーツ。黒髪。田舎では見かけないほど整った顔。
切れ長の瞳。
怪しいけど顔がいい。
顔がいいけど怪しい。
一瞬天秤にかけた後、加奈は「顔がいい」の方へ傾いた。
「お願いします!助けてください!このままだとここに骨を埋めることになるんです!」
「落ち着け。」
拍子抜けしたように若い男が瞬きをした。
「こんな裏道、普通迷わないと思うが。凶器を振り回しているわけでもなく、普通の人だな。」
「さすがに凶器なんて持ってませんよ!?」
物騒な発言に真顔になった。
しばらく真顔で見つめあう。
「……まぁ、ついてこい。」
「えっ、どこにですか?」
「出口だ。」
「出口あったんですね!?」
「そりゃあ、あるだろ……。」
若い男は頭を抱えた。
初対面の相手に、頭痛がしてきたのは初めてだった。
「とりあえず、ここは一般人には危険だ。」
そう言っている間に、入り組んだ道から複数の足音が地面を揺らすように聞こえてきた。
加奈は男の袖を遠慮がちにつまんだ。
「あの……お兄さん。一つ確認したいんですけど……。」
「なんだ。」
「お兄さん、私を置いて逃げませんよね?」
「はぁ?」
「もしかして私たち、追われています……!?」
「何言ってんだお前。」
「テレビでやってました!」
「ドラマを基準にして生きてるのか。」
「はい!」
「……」
ついに男が黙り込んだ。
足音のしたほうを凝視していると、暗がりから大勢の人が出てきた。
大柄の男。ひょろひょろした男。爪を嚙んでいる男。男、男、男……。
十人十色。人とりどりだった。
男たちは意気揚々と近づいてきた。
しかし、先頭にいたひょろひょろした男が、こっちを———正確には若い男の顔を見るなり、小刻みに震えだす。お前はチワワか。
「あ、あぁあ……!樋熊組の……!」
若い男を涙目で指さした。
全員、顔色が真っ青だ。
「あぁ……お前らか。」
「す、すみませんでしたぁぁぁ!」
ひょろひょろした男を先頭に、慌ただしく逃げて行く。
大勢の男たちが豆粒ほどの大きさになった様子を見て、加奈は首を傾げた。
静寂が訪れる。
ようやく、加奈が口を開いた。
「……ドラマだ。」
「は?」
「すっごーい!何かの撮影?お兄さん、有名人ですか!?サインください!!」
「違う。」
「じゃあ、どこかの社長!?」
「違う。」
「じゃあじゃあ———」
「お前、少し口を閉じてろ。」
「はい!」
言われた通りに、加奈は口を閉じた。
五秒後。
「でも、かっこよかったですね!」
男は今度こそ無反応だった。
やがて、右側の路地を指さした。
「……出口はあそこだ。大通りに出る。今日あったことは、忘れるといい。」
「あ、あんな近くにあったんですね……。ありがとうございます!命の恩人です!」
「大げさだ。」
男が少し笑ったような気がした。
出口へ向かう途中で、加奈は思い出したように振り返る。
「あの、お名前を聞いても?」
「名前は言えないが……所属が樋熊組の、ヤクザ医師だ。」
「ひぐまグミの薬剤師!?」
加奈はハンマーで殴られたような衝撃を受けた。
ひぐまグミ。この街発祥の、ヒグマ型のかわいらしいグミだ。カラフルなそれは、女子高生の間で流行っている———
(あの?くまちゃんグミとも呼ばれている?)
「そうだ。俺たちみたいな人間も、普通に社会へ紛れ込んでいるからな。あまり、俺たちみたいなやつとは関わっちゃいかんぞ。ほら、行った行った。」
「ハイ……。」
呆然としながら、酔っ払いのようにふらふらと出口へと向かう。
「……おい。右手と右足が同時に出てるぞ。」
「えっ……。」
本当だった。
「……」
「……」
「では!グミのお兄さん!」
「グミ……?」
男は片眉をあげたものの、加奈を見送った。
「変な奴……。」
ぽつりとつぶやいた言葉は、薄暗い路地へ消えていった。
♦♦♦♦♦♦
すっかり日が暮れた道をぼんやり進む。
(もう一回、会えないかな。会いたいな。あのグミのお兄さんに。)
クスリと笑う。
自然と、また会える気がするのだ。
(だって、私は———道を開拓するのが得意だから!)
家の玄関のチャイムを押す。
出迎えてくれた家族を見て、自然と涙が出てきた。
「……ただいま」
加奈は泣いた。
家族もつられて泣いた。
……なお、加奈は翌週も同じ道で迷った。
♦♦♦♦♦♦
これは、とある男の話。
とある男の机には、自分の患者であるOLから送られたグミがあった。
男は葛藤していた。これは、どういう意味で送られたものなのだろうか、と。
菓子折り、酒でもない。クマの形のグミ。
お礼と言われて渡されたものが、グミ。されどグミ。なぜかグミ。グミとは何なのだろう———
語源まで調べ始めた。
シンプルな部屋で、何時間も異質な存在感を放つブツを、ハシビロコウのようにじっと見続けていた男はようやく動き出す。
毒が入っているかもしれない、という考えも浮かんだが、あの抜けている女に限ってそれはない、と考えを打ち消した。
男はごくりとつばを飲み込むと、恐る恐る手に取った。
さながら毒を飲み込むかのように口へと放り込んだ———
「……。」
無言で、手元へグミを引き寄せた。
翌日。とある男の机にはひぐまグミが常備されるようになった。
翌週。部下に一袋ずつひぐまグミを手渡した。
「兄貴。なんですか、これ……。」
「食ってみろ。うまいぞ。」
「……うっす。」
部下は一粒、口へと運ぶ。
「……うまいっすね。」
「だろう。」
男は満足そうにうなずいた。
樋熊組に、ひぐまグミを広めた張本人は、今日も元気に迷っている———
読んでくださった方、ありがとうございます!
方向音痴の加奈ちゃんに、物騒なイケメン。ひぐまグミ。
情報量がおかしいな? 作者は正常なのに……。たぶん。
少しでもクスッと笑ってもらえたら幸いです!
感想などいただけたら、小躍りします! 方向音痴なので、踊っているうちにどっか行ってしまうかもしれません。では、また!




