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徒歩五分、帰宅未遂。そして、やくざいし。

掲載日:2026/10/18

徒歩五分の道のり……のはず。

どうしてこうなったのか、作者にもよくわかりません。

深く考えず、ゆるっとお楽しみください!

 「お大事になさってくださーい!」


 「ありがとうございましたー!」


 にこやかな薬局のお姉さんにお礼を言い、薬局の自動ドアを通り抜ける。

 しがないOLの藤原加奈は、花粉症の常備薬をもらいに来ていた。


 柔らかい風が加奈の頬を撫でる。暖かな日差しに、散歩日和だと目を細めた。

 人通りも少ないこの土地は、周りの目を気にせず散歩できる。

 どことなくいい気分で家へ向かった。

 向かったのだが……

   

 「あれれ?」

 

 ノッてきた鼻歌をやめ、立ち止まった。

 

 青空は曇天に変わり、さっきまで吹いていたはずの爽やかな風は、今は湿気をまとっているではないか。


 ひとまず空を仰ぐ。

 上、良し。


 右、塀。


 左、塀。


 極めつけに、前は暗がり。


 スマホを取り出すも、圏外だった。

 一度ポケットにしまう。

 もう一度見た。圏外だった。

 ここまで十秒。鮮やかな慣れた手つきだった。 


 「終わった……。」


 

 家から薬局まで徒歩五分の道。

 それだけなのに。悲しきかな、彼女はすでに一時間迷っていた。


 そもそも、加奈は方向音痴ではない。

 目的地へと向かっているのに反対方向へ行き、後ろへ戻れば見知らぬ道へ。かといって進むと、二度と戻れぬ新しい道を開拓している。

 

 それだけだ。


 「よし!」

 

 いい意味に考えれば、今こそ方向音痴というレッテルをはがすチャンスだ!そう思い、ひとりでに頷く。

 

 (見てろよ、両親に友達に近所の犬!今日こそ、無事に帰還して見せるんだっ!)


 そう意気込んで、拳を天に向かって振り上げた。


 勇気ある決断か、無謀な挑戦か……。

 

 幸か不幸か、本人は気づかぬままだった。




 「はぁ、はぁ……。」

 進んでも進んでも大通りに出ず、加奈は地面に崩れ落ちた。 


 (所詮私には無理でした。大口たたきました。マップも読めないやつですみません。)

 

 

 はぁぁ。帰りたい……。切ない思いを胸に、無理やり涙をのみこんだ。

 コンクリートで固められた地面。閉所恐怖症の人には耐えられなさそうな両側からせまる塀。


 犬や猫、鳥の一匹すらいない。

 温かいお布団もない。

 おいしいお菓子もない。

 あるのは折れかけた心と、花粉症の薬だけ。


 「ついに、道に迷って餓死とか?」


 大げさである。


 「さすがにイヤー!最後は……最後はせめて高級メロンを!」

 「おい、お前。大丈夫か?」

 「へっ?」

 

 振り向くと、若い男がいた。

 真っ黒な新品そうなスーツ。黒髪。田舎では見かけないほど整った顔。

 切れ長の瞳。 


 怪しいけど顔がいい。

 顔がいいけど怪しい。

 

 一瞬天秤にかけた後、加奈は「顔がいい」の方へ傾いた。

 

 「お願いします!助けてください!このままだとここに骨を埋めることになるんです!」

 

 「落ち着け。」


 拍子抜けしたように若い男が瞬きをした。


 「こんな裏道、普通迷わないと思うが。凶器を振り回しているわけでもなく、普通の人だな。」


 「さすがに凶器なんて持ってませんよ!?」


 物騒な発言に真顔になった。

 しばらく真顔で見つめあう。


 「……まぁ、ついてこい。」

 「えっ、どこにですか?」

 「出口だ。」

 「出口あったんですね!?」

 「そりゃあ、あるだろ……。」


 若い男は頭を抱えた。

 初対面の相手に、頭痛がしてきたのは初めてだった。


 「とりあえず、ここは一般人には危険だ。」

 そう言っている間に、入り組んだ道から複数の足音が地面を揺らすように聞こえてきた。

 加奈は男の袖を遠慮がちにつまんだ。


 「あの……お兄さん。一つ確認したいんですけど……。」

 「なんだ。」

 「お兄さん、私を置いて逃げませんよね?」

 「はぁ?」

 「もしかして私たち、追われています……!?」

 「何言ってんだお前。」

 「テレビでやってました!」

 「ドラマを基準にして生きてるのか。」

 「はい!」

 「……」


 ついに男が黙り込んだ。


 足音のしたほうを凝視していると、暗がりから大勢の人が出てきた。

 大柄の男。ひょろひょろした男。爪を嚙んでいる男。男、男、男……。

 十人十色。人とりどりだった。


 男たちは意気揚々と近づいてきた。

 しかし、先頭にいたひょろひょろした男が、こっちを———正確には若い男の顔を見るなり、小刻みに震えだす。お前はチワワか。

 

 「あ、あぁあ……!樋熊組の……!」

 

 若い男を涙目で指さした。

 全員、顔色が真っ青だ。


 「あぁ……お前らか。」

 「す、すみませんでしたぁぁぁ!」

 

 ひょろひょろした男を先頭に、慌ただしく逃げて行く。

 大勢の男たちが豆粒ほどの大きさになった様子を見て、加奈は首を傾げた。


 静寂が訪れる。

 ようやく、加奈が口を開いた。

 

 「……ドラマだ。」

 「は?」

 「すっごーい!何かの撮影?お兄さん、有名人ですか!?サインください!!」

 「違う。」

 「じゃあ、どこかの社長!?」

 「違う。」

 「じゃあじゃあ———」

 「お前、少し口を閉じてろ。」

 「はい!」


 言われた通りに、加奈は口を閉じた。

 五秒後。


 「でも、かっこよかったですね!」

 

 男は今度こそ無反応だった。 

 やがて、右側の路地を指さした。


 「……出口はあそこだ。大通りに出る。今日あったことは、忘れるといい。」


 「あ、あんな近くにあったんですね……。ありがとうございます!命の恩人です!」

 

 「大げさだ。」


 男が少し笑ったような気がした。

 出口へ向かう途中で、加奈は思い出したように振り返る。


 「あの、お名前を聞いても?」


 「名前は言えないが……所属が樋熊組の、ヤクザ医師だ。」


 「ひぐまグミの薬剤師!?」

 

 加奈はハンマーで殴られたような衝撃を受けた。


 ひぐまグミ。この街発祥の、ヒグマ型のかわいらしいグミだ。カラフルなそれは、女子高生の間で流行っている———

 

 (あの?くまちゃんグミとも呼ばれている?)


 「そうだ。俺たちみたいな人間も、普通に社会へ紛れ込んでいるからな。あまり、俺たちみたいなやつとは関わっちゃいかんぞ。ほら、行った行った。」


 「ハイ……。」


 呆然としながら、酔っ払いのようにふらふらと出口へと向かう。


 「……おい。右手と右足が同時に出てるぞ。」

 「えっ……。」

 

 本当だった。


 「……」

 「……」

 「では!グミのお兄さん!」

 「グミ……?」 


 男は片眉をあげたものの、加奈を見送った。


 「変な奴……。」


 ぽつりとつぶやいた言葉は、薄暗い路地へ消えていった。



♦♦♦♦♦♦


 すっかり日が暮れた道をぼんやり進む。


 (もう一回、会えないかな。会いたいな。あのグミのお兄さんに。)

 クスリと笑う。

 自然と、また会える気がするのだ。

 (だって、私は———道を開拓するのが得意だから!)


 家の玄関のチャイムを押す。

 出迎えてくれた家族を見て、自然と涙が出てきた。

 「……ただいま」

 加奈は泣いた。

 家族もつられて泣いた。


 ……なお、加奈は翌週も同じ道で迷った。


♦♦♦♦♦♦

 



 これは、とある男の話。

 とある男の机には、自分の患者であるOLから送られたグミがあった。

 

 男は葛藤していた。これは、どういう意味で送られたものなのだろうか、と。

 菓子折り、酒でもない。クマの形のグミ。


 お礼と言われて渡されたものが、グミ。されどグミ。なぜかグミ。グミとは何なのだろう———

 語源まで調べ始めた。


 シンプルな部屋で、何時間も異質な存在感を放つブツを、ハシビロコウのようにじっと見続けていた男はようやく動き出す。


 毒が入っているかもしれない、という考えも浮かんだが、あの抜けている女に限ってそれはない、と考えを打ち消した。


 男はごくりとつばを飲み込むと、恐る恐る手に取った。

 さながら毒を飲み込むかのように口へと放り込んだ———


  「……。」


 無言で、手元へグミを引き寄せた。


 翌日。とある男の机にはひぐまグミが常備されるようになった。


 翌週。部下に一袋ずつひぐまグミを手渡した。

 

 「兄貴。なんですか、これ……。」

 「食ってみろ。うまいぞ。」

 「……うっす。」


 部下は一粒、口へと運ぶ。


 「……うまいっすね。」

 「だろう。」


 男は満足そうにうなずいた。

 

 樋熊組に、ひぐまグミを広めた張本人は、今日も元気に迷っている———



読んでくださった方、ありがとうございます!

方向音痴の加奈ちゃんに、物騒なイケメン。ひぐまグミ。

情報量がおかしいな? 作者は正常なのに……。たぶん。

少しでもクスッと笑ってもらえたら幸いです!

感想などいただけたら、小躍りします! 方向音痴なので、踊っているうちにどっか行ってしまうかもしれません。では、また!


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