第一章 越してきた日
引っ越しの日は、よく晴れていた。
桜台第二住宅は、五つの棟が同じ顔をして並んでいる。灰色というより、灰色になってしまった白、という色だ。四十年ぶんの雨がそうしたのだと思う。棟と棟のあいだには申し訳程度の植え込みがあって、赤い実のなる木が一本だけ、誰にも切られないまま伸びていた。
五棟の四階、四〇三号室。エレベーターはない。
運送業者の若い男の子が、三往復目で息を切らしていた。荷物が少なくて助かります、と彼は笑った。ええ、と私は答えた。
少ないのは、捨てたからだ。
部屋は二DKで、私ひとりには広すぎた。前の住人が長く住んでいたらしく、畳は日に灼けて、押し入れの襖には子どもの背丈をはかった鉛筆の線が残っていた。四本。いちばん上と下で、二十センチほど離れている。
何年ぶんだろう、と考えて、考えるのをやめた。
窓を開けると、風が通った。四階は思ったより高い。向かいの三棟の窓が、ちょうど目の高さに並んでいる。誰かが洗濯物を取り込んでいて、白いシーツが一度だけ大きく膨らんだ。
悪くない、と思った。ここでやり直せる、とまでは思わなかったけれど、悪くはない。
*
私の仕事は、校正という。
出版社から送られてくるゲラを読んで、間違いを見つける。誤字、脱字、送り仮名の揺れ、事実関係の食い違い。赤いペンで印をつけて、送り返す。それだけの仕事だ。
在宅でできるから、この十年、ほとんど人に会わずに暮らしてきた。
向いているのだと思う。私は昔から、他人が見落とすものによく気がついた。看板の一文字がずれていること、メニューの値段が前の週と違うこと、同じ人が二度、同じ話をしていること。
去年、ある小説のゲラで、登場人物の傘の色が途中で変わっているのを見つけたことがある。二百八十ページで紺色だった傘が、三百六ページでは黒になっていた。作者も、編集者も、それまでの三人の校正者も気づかなかった。
私が赤を入れて、その傘は紺色に戻った。
誰にも褒められなかったし、褒められたいとも思わなかった。ただ、あの一行を見つけたとき、私はしばらく手を止めていた。見つけてしまった、と思った。
気づいてしまう、というのは、たぶん才能ではない。
ただ、目が離せないというだけだ。
*
台所の荷物をほどく。皿、茶碗、鍋。使うかどうかもわからないものばかりだ。実家から持ってきた古い土鍋が出てきて、これは要らなかったな、と思う。
いちばん下から、マグカップが二つ出てきた。
ひとつは、白い、なんの模様もないもの。もうひとつは、それよりずっと小さくて、うさぎの絵が入っている。持ち手が輪になっていて、大人の指では一本しか通らない。
私はそれを、両方とも棚の上の段に置いた。手前ではなく、奥のほうに。
*
最初に気づいたのは、水の音だった。
段ボールを開けている途中で、壁の向こうから、ごぼ、という音がした。振り返っても、当然そこには壁しかない。数秒おいて、こんどはもっとはっきりと、水が流れて排水口に吸い込まれていく音。
隣の部屋の、台所だ。
壁に手を当ててみた。ひんやりとして、薄い。コンクリートというより、板を一枚立てただけのような感触だった。四十年前の団地はこういうものなのだろう。
耳を近づけたわけではない。ただ、手を当てていた。それだけで、蛇口が閉められる音と、食器が重ねられる音が、順番に届いた。
私は手を離して、段ボールに戻った。
*
夜になると、団地は静かだった。
静かというのは、外の音がしないという意味だ。車も通らないし、人の話し声もしない。そのぶん、建物の内側の音がよく聞こえた。どこかで扉が閉まる。誰かが階段を下りる。上の階で椅子が引かれる。
布団を敷いて、電気を消した。天井の常夜灯だけがオレンジ色に点っている。
目を閉じて、しばらくして、また開けた。
隣の部屋でテレビがついている。音量は小さい。何を言っているかまではわからないけれど、笑い声のような、そういう質感の音がときどき混じる。
その音に、別の音が重なった。
子どもの声だ。
高くて、短い。言葉になっているのかどうかもわからない。ただ、生きている子どもが、そこにいるという音。
隣に子どもがいるのか、と思った。それだけだった。そのときは、本当にそれだけだった。壁の向こうに小さい人がいて、テレビの前で何かを言っている。世界のどこにでもある夜だ。
テレビが消えた。
水の音がして、それも止まった。
団地が、また静かになった。
*
目が覚めたのは、四時すぎだった。
枕元の携帯を見て、時刻を確かめて、なぜ起きたのだろうと考えた。喉が渇いたわけではない。トイレでもない。
窓の外はまだ暗い。けれど、いちばん暗い時間はもう過ぎていて、空の下のほうだけが、わずかに薄くなりはじめていた。
私は暗い天井を見ていた。
そして、聞こえた。
泣き声だった。
子どもの泣き声。ゆうべの高い声と同じ子だ。けれど昼間の声とは違って、それは途切れずに続いていた。ひっ、ひっ、と息を吸う音が混じる。しゃくりあげているというより、うまく呼吸ができていない、というふうに聞こえた。
私は起き上がっていた。
自分でも意識しないうちに、壁のほうへ膝で二歩、近づいていた。
女の人の声がした。何を言っているかはわからない。低い。短い。何度か区切って、同じことを繰り返しているようだった。
子どもの声が、いっそう高くなった。
どん、と音がした。
物が倒れたのか、置かれたのか、それとも別の何かなのか。私にはわからない。壁を通ってきた音は、輪郭を失っている。
輪郭を失った音は、聞いた人間が形を与えるしかない。
泣き声が、ふつりと止んだ。
止んだ、というのが正確なのかどうかもわからない。小さくなっただけかもしれない。布団か何かに埋もれただけかもしれない。
私は壁に手を当てたまま、そこに座っていた。
冷たかった。
どれくらいそうしていたのか、覚えていない。気がつくと外はすっかり明るくなっていて、私の膝は畳の目のかたちに赤くなっていた。
七時を過ぎたころ、隣の玄関のドアが開く音がした。
鍵をかける音。それから、階段を下りていく足音。ひとつぶんではなかった。重い足音と、その合間に混じる、もっと軽い、けれど不規則な音。
私は窓辺に立って、下を見た。
女の人が、子どもを抱いて歩いていた。子どもは眠っているようには見えなかった。目を開けていて、女の人の肩越しに、どこも見ていない顔をしていた。
六歳くらいだろうか、と思った。あの年で抱かれて外に出るのは、少し大きすぎる気がした。
二人は棟の角を曲がって、見えなくなった。
*
朝、私は風呂場を掃除した。
前の住人が残していった水垢が、排水口のまわりに輪になってこびりついていた。しゃがんでスポンジをかけていると、狭い空間に自分の呼吸の音だけが返ってくる。
浴槽の縁に手をかけて、中を覗いた。
空だった。
当たり前だ。まだ一度も湯を張っていない。
それなのに私は、しばらくそこを見ていた。息を吸うのを忘れていて、思い出したときに、喉の奥が変な音を立てた。
立ち上がって、換気扇を回した。
音が出ると、少しましになった。
*
その日の午後、私は近くの文房具店で、A5のノートを一冊買った。
特別なものではない。表紙が紺色で、罫線が入っているだけの、どこにでもあるノートだ。二百円もしなかった。
帰ってきて、卓袱台の上でそれを開いた。
何を書くつもりなのか、自分でもはっきりしていなかった。ただ、明け方のことを、覚えているうちに残しておいたほうがいい気がした。あとで何かの役に立つかもしれない。役に立たなければ、それでいい。
私はボールペンを取って、一行目に日付を書いた。
そのあとに、時刻を書いた。
そして、こう書いた。
——隣室、子どもの泣き声。約十五分。母親と思われる女性の声。物音一回。
書き終えて、読み返した。
「物音」というのが、我ながら弱いと思った。もっと正確に書くべきだ。何が倒れたのか、どのくらいの大きさだったのか。次からは、そこまで書こう。
仕事と同じだ。曖昧なままにしておくから、間違いは見過ごされる。
私はノートを閉じて、卓袱台の端に置いた。
窓の外では、赤い実のなる木が風に揺れていた。名前は知らない。
*
翌朝、私は四時十二分に目を覚ました。
まだ、何も聞こえていなかった。
聞こえていないうちから、私は起きていた。
壁の向こうは、静かだった。




