第4話 ヒントがあっても解らない
「かみさま!」
「なんじゃ?ツカサ」
「一番最初に言いました!」
「さいしょ?」
「今迄の話を聞いて、思い付きました!重力の説明をするとおっしゃいましたが、世界が、いや宇宙が、違う種類の原子群で何重にも満たされているのであれば、真空が虚無だと言っていた私達の理論は間違っていて、全く別の理が支配するという事ですよね?」
「そう言うておろう」
「では!これまでの説明の中に重力のヒントがあったのですか?」
「あったも何も、ボイドの話は全て重力と繋がっておろうが」
「ぐっ。それが皆目見当が付かないのです。いえ、わかっています。ヒントがあると。繋がっていると。しかし、全く違う理屈を繋ぎ合わせるだけの能力が、僕には無いようです。教えて下さい。お願いします」
「兄さん、そんな話してたの?」
「ヒカルが覚める前じゃったからの。で、ツカサよ。順に説明しやるが、風船が浮き上がる事を科学的に説明してみい」
「浮力の話ですか?ええと、大気の比重を1にしたらヘリウムの比重が0.138なので浮く、という話じゃ無いんですよね」
「そうじゃな」
「え?浮力を比重以外で説明するのって、難しくない?」
「難しい?どこがじゃ?ええと、ブルブルするのは「振動」か。うむ。振動で簡単に説明出来るじゃろう。やってみい」
「は?振動?…粒子が振動している事からの、浮力の説明ですか?ソレは大気と風船の原子とかの振動の違いが浮力を産むとか、そう言う事ですか?」
「む?振動は基本的に大体一緒じゃが、そこに各原子の重さが関係して来る」
「ええと、重さが1の空気の振動と、重さが0.138のヘリウムの振動が一緒?でも、ヘリウムの原子は弾かれる度に上に行く力の方が大きいから上に持ち上げられる?風船の中でも挙動は一緒で、大気の窒素や酸素が振動しても重いから下に落ちようとするのに対して、風船の中の振動は常に上に弾き出される力が強いから、上に向かう?それが浮力?」
「ふむ。まあそんなところじゃな。ぬしゃらがおった世界の原子もそうじゃったが、魂も霊も、基本的に全ての粒子は振動をしておる。その振動が気体や液体の中では浮力として見える力となるが、それがエーテル、いやニュートリノに満ちた世界でも同じ様な現象を生ずる。それがぬしゃらの言う「重力」よ」
「あのう、かみさま?」
「なんじゃ?ヒカル」
「全ての粒子を振動させるほどのエネルギーは何処からくるんですか?何もない場所には力が発生しません。力が無ければ振動も発生しません。振動を生じるエネルギーは何ですか?」
「既にヒントは出しておるんじゃがのう」
「ビックバンで出来ると言っていた粒子の事の様な気はするんですが、何で動いているのか皆目見当が付かないんです」
「当たってはおるんじゃが、ぬしゃらの宇宙も動いておろうに」
「膨張論は使えないから、「動いている」というのはスケールの大きな銀河同士の引き合い?」
「何故にそうなる?銀河はそもそも対流の隙間に生まれた唯の「渦」じゃ。第9次の粒子も爆発の流れに乗りながら、幾重にも重なり交わって境界を産んだ。そこに集まったのが第10次の粒子じゃ。つまり銀河は自らあの形になったのではなく、渦に集積された多量の10次粒子が星々になって銀河になったに過ぎぬ」
「銀河が動いている事かと思ったら、自転の方だった」
「じゃから、自転では無いぞ。2つの流れに影響された渦じゃ」
「そうでした。じゃあ、生前は僕達の周りにも第9次の粒子とやらが流れていたんですね」
「流れとらんぞ」
「「え?」」
「ぬしゃらが地表に立って動いて無ければ、周囲の粒子は動いてはおらん」
「そんな筈はないでしょう?今までの話は粒子が動いているという話じゃ無かったんですか?」
「視点が違っておるのを同一視しておるな?大観でモノを見るのと、個で見るのとでは条件が全く違ってくる。地上から宇宙を見れば全てが動いておるが、真横を見たら粒子は振動しておるだけで、流れたり通り抜けたりはしておらぬぞ」
「あれ?気になったんだけど、かみさま?」
「なんじゃ?ツカサ」
「エーテルと言うのは光を伝える媒体の事でした。つまり第9次の粒子の集合体はエーテルと同義ですよね?」
「まあ、そうじゃな」
「先程、周囲の粒子は動いていない、とおっしゃいました。つまり、エーテルの流れを地上で測定する実験をしたら、全く動いていない結果が得られる、と言う事ですか?」
「まあ、そうじゃな」
「兄さんソレ、マイケルソン・モーリーの実験の事?」
「そうだ。地球はエーテルの中を突き進んでいるから、地上で観測したら秒速30キロの流れが観測できるはず、っていう実験で、観測出来なかったから相対性理論に至ったって聞いてたんだけど、今の話から考えると、観測されないのが当然の実験だったみたいだ」
「でもそれ、科学的に奇妙な存在になるから、否定されてなかった?媒体は流体だけど、あらゆる金属より硬い上に、天体の運動に影響を与えないから、質量も粘性も無いって言う摩訶不思議、というか存在不可能なシロモノって事で」
「面白い事を申すな。と言うか、ぬしゃら、「硬い流体」がどんなものか判らぬのか?」
「いや、そもそも文言がおかしいでしょう?「硬い」と「流体」は相反する現象、相反する存在であるから、どんなも何も存在出来ないでしょう?」
「ヒカル。お主、流体力学とやらを学んではおらんのか?」
「え?いえ。流体力学の本は家にあったので何冊か読みましたが、本格的には学んでません」
「となると、「粘性が極めて高い流体」がどんなものかは判らんか」
「粘性が低い流体は判りますが、高いと言うと蜂蜜とか水飴とかでしょうか」
「あっはっは。まあ、概念としては合っているから、ちょっと具象化して説明してやろう」
そう言うと、黒板のボイドと矢印が消え、2本線が3つ出て来た。
「ヒカルはその本の流速分布グラフとやらを覚えておるか?」
「あ、はい。川底が0で、水面に向かって徐々に増えていくグラフですね」
「うむ。ソレを左の図に指で示してみてくれ。上の線は右に流れる水の水面で、下の線は川底じゃと思え」
「はい。ええと、こんな感じでしょうか」
ひかるが、下の線の真ん中から右斜めに指を滑らせ、途中から真上に動かした。すると、今のラインが3本目の線になった。
「ふむ。では真ん中の図に粘性が高い場合の流速分布を描いてくれ」
「え?ええと、くっ付いてくるイメージだから、底から斜めじゃなくて真上?で、徐々に流れが加わって、全体的に曲線っぽくなるのかな?」
そう言いつつ、真ん中から真上に線を引き始め、緩やかに右に曲がり、更に緩やかに真上に曲がって上の線に重なった。
「うむ。概念は合うておるな。では、それをそのまま真上に100倍伸ばしたらどうなる?」
「えっ?真上?真ん中の図を真上に100倍ですか?」
「まあ、想像は付くじゃろう。こんな感じじゃ」
天井が消えて、目の前の図形が右に複写されたかと思うと、黒板が上に伸びた。見えないくらいまで伸びたが、図形は3つ目だけ上に伸びた。
「あの?伸ばした意味は何なんでしょうか」
「判らんか?」
「「はい」」
「固定概念と言うのはほんに厄介じゃの。この3つ目の図が「粘性が極めて高い流体」の流速分布じゃ」
「は?」
「えっ」
「ヒカルに問うが、もしこの媒体の流れを測定しようとしたら、何処で測る?」
「え。でもコレ、速度の分布線が曲がり始めてるの5?m位上だし、そこだと流れも小さ過ぎるから、一番上?で測定するのが正しいですよね」
「そうじゃな。コレが先程のツカサへの解答じゃ」
「粘性が高いと地面は速度が0になる。流速を測るのには上空に固定装置を置かないと反射も測定も出来ない。これまでの実験は地下か地表でしか行われなかった。つまり、どうあがいても観測が不可能な実験だった?」
「うむ。そうじゃな」
「でもそれって、流体力学が判ってたら見当ついてた話じゃ無いの?何で誰もそこに突っ込んでこなかったの?」
「ヒカルは年代までは覚えとらんのじゃな。さっきの実験の時期と流体力学が大体体系的になって来たのには半世紀の差がある。誰も知らんのじゃから誰も指摘せんわな」
「そうなんですか?いやでも、体系化出来てから半世紀たってますよね?最近になっても指摘が無いのは、何故ですか?」
「お主、自分の専門以外の専門分野を積極的に学んできたか?流体力学というのは大学で、しかも工学系でしか学べぬモノでは無いのか?ヒカルの読んだ本も大学や論文の文字があるから、体系化した所為で特化分野になったのであろう。粒子、いや量子論を専門に学んだお主が、別の分野に手を出す時間がツカサにあったか?ん?」
「そう言われると、全く手を出していませんでしたね」
「僕も、本は読んだけど量子力学にしか入れ込んでなかったな」
「つまりはそう言う事じゃ。少なくとも流体力学とやらを理解し、量子力学を理解し、あとは、そうじゃな。波と媒体の関係を説明出来て、宇宙の物理的な運動を理解してて、おう、そうじゃ、一番重要な事を忘れておった」
「今の一連の内容より重要な事があるんですか?」
「簡単な事よ。今言った全ての事に疑問を持てるかどうかじゃ」
「「え?」」
「それは…矛盾とかパラドックスとかの考察をする事ですか?」
「少し違うな。これ迄の話で分かると思うが、固定概念に疑問を抱くかどうか、と言った方が近いかの」
「それはとても難しい事だと思います」
「何故じゃ?」
「その固定概念と言うのが、様々な実験を経て、間違い無いと太鼓判を押された常識みたいなものなので、そこからわざわざ逸脱しても万人に間違いだと言われるだけです。余程常軌を逸した思考の持ち主が、たまたま量子力学と流体力学を大学レベルで習得し、ひたすらあらゆる情報を集める気力を持ち続け、生涯を掛けて独りであらゆる実験あらゆる理論の精査を行えるだけの、とんでもないお金と時間を費やして、漸く辿り着けるというくらいの、挫折と失敗と困難に塗れた茨の道でしかない道を抜けていく人は居ないと思います」




