第3話 見えないモノのお話
「ちょっと待って下さい」
「なんじゃ」
「エーテルの話も重要なのですが、先に音と光の媒体の違いとボイドの関係性を教えて下さい。エーテルはその次の話題ですよね」
「いんや、同じじゃ。纏めて話すが、そもそもぬしゃら。宇宙における原子の構成比率は知っておろう」
「宇宙全体で水素が98%ですよね。それが?」
「じゃあ、これ迄の流れから「ボイド」はその水素を創るための大爆発を起こしたのだと判るじゃろ?では、それと同じ流れで規模が2桁違うだけの、同じ現象が起きたとは考えられんか?」
「規模が2桁?の同じ現象?」
「ボイドの直径は1.5億光年くらいだから150億光年くらいの範囲に広がる爆発があったって事?」
「そうじゃな」
「そんな空間は観測されていません。観測可能な範囲は450億光年以上遠くですが、これ迄の観測でそのような領域は見つかっていません」
「それはそうじゃろう」
「え?」
「ぬしゃらの観測は、ぬしゃらを構成している原子の集合体でなければ、観測機器に影響を与える現象を起こす事が出来ん」
「ええと、つまり原子番号表にある物質で出来た惑星や恒星や銀河であれば観測出来る、それ以外は存在してても観測出来ない、という事ですか」
「そうじゃな。詰まる所、エーテルというかニュートリノを基本とした原子群の構造体は何一つ観測できんという事じゃ。ああ、いや。先程のカミオカンデとかいうのは例外中の例外じゃ。とは言え、構造の観測は不可能でも、ニュートリノが起こす現象の観測は可能ではある」
「ちょっと待って下さい。まだ飲み込んでないんですが、今の話だと原子群が2種類ある事になるんですか?ええと、水素主体の原子群とニュートリノ主体の原子群、という事でしょうか?」
「ああ。ぬしゃらの世界では、ゼロから今の原子群が作られたという荒唐無稽な理論が蔓延っておるんじゃったな。まあ、よく考えれば判ると思うんじゃが、粒子と言うのは段階的に創成されて来たもんであって、いきなり今の原子核みたいな無茶苦茶デカい粒子がポンッと出来る訳無いじゃろうが」
「そ…それは、本当なのですか?いえ、これ迄の流れから言えば、既に「ボイド」という爆発跡があるのを僕達は認識していたのに、それを一切爆発と結び付けた研究者はいなかった。それは、それぞれの爆発で一段階大きな粒子が形成されるという現象など、微塵も想定していなかったというだけであって、ボイド形成の爆発を、超常爆発による段階的原子形成現象であると考えて、1次ビックバンとかいう名称にしてしまえば、何となく解る気がしてきました」
「おっと。その名付けは頂けんな。ヒカルとやら。ぬしゃらの世界は、端的に言えば「10次原子群の世界」じゃから、その名付け方で言うなら、ボイドは「第10次ビックバンの痕跡空間」という言い方が妥当であろう」
「えっ!10次?9まですっ飛ばして10次ですか?あ、いや、違うか。僕らの世界の原子群を形成するために、1次ビックバンから9次ビックバンまでの途轍もない長い時間を経てからの「10次ビックバン」であって、それが段階的って言った内容になるのか。じゃあ、「第1次ビックバン」の痕跡空間って、何光年くらいの直径なんですか?」
「儂も又聞きじゃから詳しゅうは無いし、ぬしゃらの桁に合致しておるのか判らんが、「150秭光年」位じゃろうかの」
「兄さん。10の何乗なの?」
「えーと、150に10の24乗を掛けた値だな」
「それだけの空間が、爆発で広がるもんなの?」
「さあな。いやでも、最初のビックバンなんだから、それなりの粒子が出来て広がったから、それ位広い空間になったんじゃないか?」
「最初に出来た粒子は、ぬしゃらの値で言えば10のマイナス100乗以上小さいぞ」
「「え?」」
「そんな小さいのに、そんなに広がるもんなんですか」
「ぬしゃら、まだ元の世界に捕われておるな。無抵抗なんじゃから、それだけの距離と時間をかけて漸く次の2次ビックバンに移行したというだけであって、現象以外の事柄に大きな意味は無いと思え。そもそも言っておくが、時間とか空間とかは、ぬしゃらが実体を持って存在していたから認識されていたようなもんであって、儂らにそういう概念は無いぞえ」
「え?それは、そういうものなんですか?いや、そうだよな。物体があるから距離があって、距離があるから時間があって、そういう空間に居たんだから、星も銀河も無い場所とは概念が違うよな」
「兄さん。僕らの世界ってどこまで認識してたの?」
「ええと、俺たちの観測範囲ってのは、上限で10の12乗光年以下だな。下限で言えば10のマイナス20乗メートルも行かない筈だ。だから、かみさまの説明を無理に全部理解しなくてもいいんだぞ?」
「いやもう理解出来るところから説明して欲しいから、出来れば8次とか9次とかから何があったのか教えて欲しい」
「またえらく飛ばしてくれと言うもんじゃのう」
「自分の理解力だと、そこら辺からしか理解出来そうに無い感覚があります。聞いても理解出来ない話は、かみさまの御時間を無駄に使うだけです」
「謙虚なのか豪胆なのか、ようわからぬ事を言う」「あっ!」
「なんじゃ、ツカサよ。何ぞ違和感でもあったか」
「はい、そうです。違和感が判りました。広範囲で小規模ビックバンがあったとしたら、宇宙が今も広がっているという理論はどう説明するんですか?」
「広がっている?何じゃそれは?ぬしゃらの宇宙は恒常的であって、微細な変化しかしておらぬぞ」
「ええと、兄さん。ドップラー効果でしょ?ハッブル‐ルメートルの法則。赤方偏移が見られるから遠方の銀河は全て地球から遠ざかっている、ってヤツ」
「はん?なるほど、知識にあるな。離れていく物体の音波が伸びて音程が低くなることをドップラー効果と称す、か。ソレを光に当て嵌めると、エネルギーを失う事で波長が伸びて赤に見えるから赤方偏移、と。ふむ、これも平面で説明出来そうじゃ」
ちりんっと何かが鳴ったような音がして、黒板が黒になる。左端に銀河系がぱっと映ると、急速に小さくなっていって、放射状の矢印が何本も現れた。真ん中の水平な矢印の先に小さな地球がある。
「さて、ぬしゃらの言うドップラー効果とやらが、恒常的な、つまり静的な宇宙に発生するモノなのかを、先程のボイドを使って説明してやろう」
そう言うと、黒板の中に幾つもの円が現れた。円はボイドか。と思ったら、直線の矢印が、円の縁で外に曲がられ、円の内側で弧を描くように曲がり、もう一回縁で同じ様に変化した。でも、矢印の先は地球のまま。それが何個も連なっている。
「ぬしゃらは、「光が絶対的な速度を持つ」と考えた所為で、おかしな解釈をしておるが、そもそも音波と同じく光波も曲がるもんじゃ。ええと、「蜃気楼」とか言うのが有名なんじゃろうが、媒体の密度差によって波の速度差が発生し曲がる現象じゃな」
手前の空間にどこかで見た事のある「遠くの風景が空中に見える現象」の図っぽいのが現れて消えていった。
「密度が高いと早くなるというのは理解しておろう。しかし、ぬしゃらの宇宙は光が最も遅く通り抜ける場所じゃ。そして、ボイドの中心は最も密度が高い場所ゆえに、光は極めて速く通り抜けようとする。結果、この図の様に、光はボイドを通り抜ける度に元の直線よりはるかに長い距離を通過する事となる。ツカサよ。コレで何が起こる?」
「ええと。元の直線よりも長い経路を通過したから、エネルギーを失う?」
「ふむ。では、波形はどうなる?」
「高エネルギーの波はガンマ線とかエックス線で、低エネルギーの波は短波や長波だから、波長が伸びる?」
「そうじゃ。即ち赤方偏移、となる」
「嘘だ…」
「自分で結論を出しておいて、ソレは無いじゃろう」
「つまり、小規模のビックバンが至る所で起きて、そこで僕らの体の素が出来て、外側に飛び出して行ってしまって、爆発跡の空間は一回り小さい原子群の個体や液体が残っていて、ソコを通り抜ける光はエネルギーを失いながら曲げられて外に出てくる。第10次ビックバンとはそういう現象や結果が発生した場所って事?」
「なんじゃ、ヒカルは理解したようじゃの。では、折角聞かれた訳じゃし、8次と9次の概要でも説明しようかの」
「お願いします」
「と言っても、そう大きな違いなぞ無い。10次が物質の基と言うなら、9次はぬしゃらの概念としては魂の基を造り、8次は霊というかぬしゃらの根源を造りたもうたと言えそうじゃの」
「今迄の話からすると、魂とか霊って固体と液体で出来てません?」
「ほほう。良い解答じゃ。肉体が固体と液体で出来ておるんじゃから、魂も同様ではないかと考えたか。まさしくその通り。つまりぬしゃらは元々三重の存在であったんじゃな。今は二重になってしもうとるが」
「僕の根源は、第8次ビックバンで形成された。僕の魂は第9次ビックバンで形成された。僕の肉体は第10次ビックバンの後、ボイドの外で集まって銀河になって星になって海になって人になって僕になった。そして、大きさの違う原子群が三重に重なって僕を形成していた。うん。何かかっちり嵌った気がする」
「自己を具体的に理解したようじゃな。一応補足をしておくが、人の技術では第8次の爆発跡の発見は不可能じゃからな?生前に、何の根拠もなくそこまでの理解なぞ出来ぬぞえ。ぬしゃらは、霊魂などと言う存在は非科学的と称しておるではないか。科学機器より余程高性能な感覚器官を有しておるのに、魂との結合を拒否しまくって、9割以上の人間が物欲・肉欲を追い求める虚無の存在に移ろいよる。ああ、それでも、ぬしゃらの国は一番マシなのか。肉体の無駄使いじゃの。勿体無い」




