第2話 メガネをクイッと
ストン。という感じで地面らしい場所に立った感覚が来た。
恐る恐る目を開けると、視聴覚室だった。
「「は?」」
そして目の前に、自分達とほぼ同じ背格好をした黒髪ロングのスーツ美女が居る。
「「え?瀬川先生?」」
「うむ。面白い。お前達の知識に合った「視覚情報の伝達に適した教育の場」というのは、学校を基準とした様相を呈しておるのか。そして儂は「教育実習のお姉さん」と言った出で立ちか。ほう、どっちも初恋とある」
「か、かみさまですか?」
「おお。そう動揺せずともよいぞ。この姿は「先生」という言葉の具象化に過ぎん。ぬしゃらの最も先生らしい先生の模写じゃが、形状が合致せんのぅ。あまり妄想で胸を膨らませるで無いぞ。まことはこんなもんかぇ」
そう言って、瀬川先生の胸が縮小した。かみさまは弟が胸をてんこ盛りにした瀬川先生で出現したみたいだけど、俺の覚えていた先生に戻った。ひかる、お前そんなに巨乳好きだったのか。知らんかったよ。
かみさまがメガネをすちゃっと掛けた。
「先ず、おととじゃな。名はヒカルか」
「は、はい」
「縁あって、ぬしゃら兄弟に世界の理を教える事になった」
「は、はい?」
「まあ、気紛れ暇潰しではあるのじゃが、儂は理の神として、理を超えた馬鹿に、知識という最後の慈悲を与える事にしたんじゃ」
「知識が慈悲ですか?」
「そうじゃ。転生してしまえば使い物にならぬが、兄ツカサの言い分では憂いを払拭したいという希望があって、ぬしゃらの世界の神髄を教える事にした」
「え!世界の真理が判るのでしたら、教えて下さい!」
「よし!ではどの位残された時間があるのかも判らんから、さっさと説明してやろう」
クイッとメガネの真ん中を右手で持ち上げて、かみさまが黒板に向かった。
と、両腕の袖が光り始め、10個ほどの光輪が出現した。そのまま、光輪が黒板に向かって行き、文字に変形しだした。
「先ずは、音と光がよく似ている事について説明しようかの。ぬしゃらの言葉にしておるが、まあ、概要だと思え」
そう言いつつ、文字が並んで表になった。
【音 気体音速 約340m/s 液体音速 約1500m/s 固体音速 約5000m/s】
【光 気体光速 約30万km/s 液体光速 約140万km/s 固体光速 約450万km/s】
「「は?」」
「どうした?」
「有り得ない光速が表記されているんですが、何ですか、それ?」
「ぬしゃらの世界には、周辺に最も軽い媒体しかないからのう。光の媒体は…エーテルじゃったか?ニホンゴには光の媒体の名称が無いんじゃな。まあよい。このエーテルと言う奴は、ぬしゃらの原子列で言えば「水素」に当たる、もっとも軽い光の媒体じゃな。ええと…「ボイド」という名称の領域が遠方にあるという知識があるが、ココに液体や固体の媒体がある。そしてこの範囲では、表の様な速度で光が伝わっておる」
「そんな話は聞いた事が無いのですが」
「当たり前の事を言うでない。恒星系から出れもせんのに、何百万光年も先の事が知れる訳があるか。そもそも、ぬしゃらの観測では、ココには何もありゃせんという結論になっておるから空洞という名称を付けたのであろう」
「そうですね。Voidというのは「銀河が殆ど存在しない場所」という意味ですし、見つかったのはここ数十年の話ですから、直径が1.5億光年位の球状の空間が、実際何で出来ているのかを僕達は全く知りません」
「ひかるの言う通りだな。銀河が見えないから「何も無い」と言うのは、現実を見ているようで、見えないモノがあるかもしれない、という発想で見てはいなかったな」
「そもそもじゃが、ボイドがあるからぬしゃらがおったのじゃぞ」
「んん?」
「意味が解りません。ボイドが僕達に影響を与える程、関係しているのですか?」
「いやいや。関係も何も、ボイドの中心で起きた事象がぬしゃらも地球も太陽も銀河も創ったのじゃから、ボイドが無かったらぬしゃら、生まれてすらおらんぞ」
「んんん?」
「え?あれ?何か聞いた事のある現象が頭を過った…。そうだ!規模が全く違うけど「ビックバン」だ、ひかる!」
「え?兄さん。ビックバンは全宇宙の基礎になった超巨大爆発だよ?明らかに規模がダンチなんだけど、何でそんな事思ったの?」
「いや、ひかる。かみさまが言ったじゃないか。「銀河を創った」って。ボイドの中心の事象が小さなビックバンなら、ボイドの周りに銀河系が沢山あるのも理に適ってる」
「いやいや、兄さん。そんな小規模の爆発でいきなり僕達の宇宙にあるような元素が出来る訳無いじゃん。もっともっと巨大な爆発でないと、観測範囲の質量に足るエネルギーにならないんだけど」
「なるほど。ソコにとっかかりがあったか」
「?」
「かみさま?何か気にかかる事がありましたか?」
「うむ。おととの言い分は最もじゃが、それは無から有を創る程の爆発が必要と言う前提から来ておろう」
「あ、はい。観測されている銀河の数が多過ぎて、これだけの質量が1回の爆発で生成されるものなのか?という疑問はありました」
「うむうむ。では聞くが、今の水素原子のおおよそ1兆分の1程度の粒子から、大爆発によって原子群が出来たと考えたら、ボイドの爆発規模は適当かえ?」
「え?それは、ボイドの周辺の銀河は、その場所で起きた小さな「ビックバン」で材料が作られたから、それ以外の分は考慮しないでいいって事ですか?」
「兄さん。ボイドは球体もあれば、泡がくっ付いたみたいな変形した奴もあるって見た。範囲が狭かったらより小さな「ビックバン」で、範囲が広かったらより大きな「ビックバン」みたいな感じで、あらゆる場所で有から有の爆発が起きたって考えれば、あり得る様な気がしてきた」
「いや。ちょっと待て。かみさまに聞きますが、水素原子の1兆分の1という粒子は、観測されている粒子ですか?」
「観測も何も、素粒子がそれじゃ」
「は?」
「素粒子って、見つかる数が多過ぎて、原子核の素にはならないって言われてたやつ?」
「数が多いとか、当たり前ではないか。ぬしゃらの世界の原子は何種類あるかえ?」
「ええと、一応118種類ありますけど、予想も含めると170以上あったかと」
「いやいや。それだけでは無かろう。同位体やら電子の数で性質が違う奴やらも全部含めてだ」
「あの。ソレだととんでもない数になるんですが」
「そうじゃ。その中で最も基本的な最小の粒子を探し出し、それも見つけた筈じゃ」
「もしかしなくても、ニュートリノの事でしょうか」
「うむうむ。それじゃな。そのニュートリノが最も軽い媒体。即ち「光の伝達物質」という事になる」
「え?そんな筈はありません。ソレは超新星爆発で作られる微細な粒子であって、光を伝える媒体と言う話は聞いた事がありません」
「そうだよな。確か、カミオカンデが、ニュートリノと水分子とぶつかった痕跡を観測したという風に聞いた。あれは、地球内部を大量のニュートリノが通過したから観測出来たとされているし、俺もそう思ってた」
「兄さんの言う通り、ニュートリノは小さ過ぎて軽過ぎるので、大量に通過しても11個だけしか反応しなかった。それでも大発見だった。だから、ニュートリノが普通に身の回りにあると言われても、納得がいきません。身の回り全てがニュートリノだったら、超新星爆発の観測時に通過したのは何だったんですか?」
「そこまで判ってて、その先に行き着かんのか。何とも先入観と言うのは厄介なもんじゃのう。音で考えてみよ。音で」
「音?爆発で生じる音波?いや、違う。波!波だ!衝撃波だ!そうだ、音速を超えるのが衝撃波なら、光速を超える衝撃波もある!そうか!地球を衝撃波が通過していったのか。いや、それでも衝撃波がニュートリノを動かして、水分子にぶつかる位のエネルギーを出せるもんなのか?」
「兄さん。今の話で言えば、衝撃波って縦波だよね?」
「そうだな。縦波以外に考えられん」
「じゃあ、タンクの中の水分子にタンクの中のニュートリノが光速に近い衝撃波でぶつかる事は有り得るんじゃないの?」
「え?そうか?」
「ちょっと具象化をしてみるかの」
言うなり、かみさまが手を振る。と、文字が消えて白い四角い枠が出来、内側が水色になった。左側に「))」みたいな図形と、スクリーントーンみたいな粒々が2種類出て来た。青い粒子が白枠の中に入って、白い小さな粒子が周囲全部を囲ってしまった。
「平面でも判るので断面図になっておるが、実際には立体じゃから間違えるなよ。で、左側の2本線が衝撃波じゃな。コレが移動して来ると、それぞれの粒子はこのように動く」
喋りだすと、2本線が動き出し、白粒子が触れると前方にぶわっと動き、そして後方に流れていくのが判った。そうして、白枠に入って来るが、青粒子は動かない。と思ったら、1個だけ飛ばされて枠にぶつかって消失した。それ以外の青粒子は動くことなく、2本線が右端まで動いて終わった。
「とまあ、タンクの中の水分子の何万何億何兆倍ものニュートリノが、衝撃波によって奇跡的な確率で水分子を分解させるほどのぶつかり方をしたから、観測された。というのがコレで判るであろう?」
「衝撃波というのは、移動速度とほぼ同じ速度で粒子を前後に動かす現象であり、遠くから飛んできたニュートリノがぶつかったのではなく、そこにあったニュートリノが亜光速で動かされたから、水分子にぶつかる現象が起きた、という事になるのですか?」
「うむ。ぬしゃらの言う「天文学的な確率」とやらが、両者の粒子数を数えてみれば良く解る話じゃの。それだけぶつかって壊れたのが11個じゃからな。しかし、これで判ったであろう。100年以上前に言っておった「エーテル」とか言う光の媒体は存在すると言うのがな」




