手を取り合って
それはとても暑い、ある夏の出来事。
道行く人は大粒の汗を流しながら歩いている。空は青く澄み渡り、太陽がその全体を地上へと見せつけている。
そんなよくある日の出来事。
人通りの少ない路地裏には一人の少年が立っていた。
髪は黒く、目はこの空のように青い。半袖に短パンを履いている。
いたって普通の少年だ―――――ただし、口元をべったりと血に染めていなければ………。
少年の目の前には、肩から大量の血を流した青年が倒れている。
青年はピクリとも動かない、きっともう死んでいる。
少年は死体を見下ろしていた。その顔からは感情というものがまるで読み取れない。
そんなことを続けて数分が経過したころ、おかしな男がやってきて少年に話しかけてきた。
「これはひどい……君がやったのか少年?」
その男はあまりに場違いな格好をしていた。場所はもちろん時代も間違っているような気がする。
現代日本ではあまり見かけないシルクハット、燕尾服、年季の入っていそうな長い杖。
なんとも時代がかった格好だ。
そして体中にごちゃごちゃと装飾が施されている。
腰のベルトにはアンティークの懐中時計が3つほどついており、シルクハットにはパイロットがつけるようなゴーグル、首には腰まで届きそうな長いマフラー。
――――などなど、他にもいろいろあって上げていてはきりがない。普通こんな男がいたいけな少年に話しかけているのを見られれば、通報待ったなしの案件である。
そんな不審者全開野郎は、少年の訝しむ心など知らんとばかりに、再び問うてきた。
「――――もう一度聞くが、これは君がやったのか?」
「……うん」
「何故?」
「だってこの人が、僕を売るとか言って腕を引っ張ってきたんだ……」
「そうか―――――たしかにそれはこの人が悪い」
そう言った男には、この状況をどこか楽しんでいるような、そんな気配を感じた。―――否、実際に楽しんでいるのだろう……口元には微かな笑みが見て取れる。
「しかし、殺すのは良いがそのやり方は良くない。見たところ、ここで転がっている青年の肩を嚙みちぎったのだろう?それはダメだ。それは人ではなくケモノのやり方だ。」
男の言葉を、少年はよくわからなそうに首をかしげる。
そんな少年の様子を見て、男はおもむろに言い放つ。
「では。二度とこんな獣染みた真似ができないよう、私直々におまじないをかけてあげよう!」
ここでようやく男に興味をもったのか少年は尋ねた。
「あなたは誰なの?」
「”私は『魔術師』さ!とびきり優秀な”―――ね」
それが少年、夏村晴明が持つ、もう一つの奇妙な出会いの記憶。
――――そして、始めての殺人の記憶である。
―― * * * * ――
俺は自分の部屋のベッドで目を覚ました。
なにか懐かしい夢を見ていた気がするけど、思い出せない。
寝起きでまだぼやけている目をこすりながらベッドから出るため、体を起こそうとした。
「痛っ!!」
――が、痺れるような体の痛みを感じ、自分の体に巻かれた包帯に気が付く。
(そうだ!昨日吸血鬼と戦ってたんだった)
異形の吸血鬼、燃える街、大量の死体、そしていっしょに戦った女魔術師。
体の痛みが合図となって、昨日の出来事を次々と鮮明に思い出した。
しかし、あの後アリスさんと話してからの記憶がない。
(そういえば、俺ってどうやって家まで帰ってきたんだろう?)
疑問に思うが、未だ覚醒しきっていない自分の頭ではこれ以上考えられず、まだ布団で寝ていたい欲求を抑えて洗面所へと足を運び、扉を開ける。
「――え?」
「あ………」
するとそこには、風呂上がりと思しきアリスさんがいた。裸で。
「すみませんっ!!」
仮に扉を閉める速度を競う大会があったなら、優勝間違いなしの早業をもって扉を閉めた。
―― * * * * ――
その後、俺とアリスさんはリビングでテーブルを挟み、向かい合っていた。アリスさんは両手を合わせて謝罪した。
「申し訳ない、起きてるとは思わず。―――汚れがひどかったから お風呂をお借りしました」
「それはいいんですけど……なんで俺んちにいるんですか?」
「覚えていませんか?あの後、貴方が『近くに俺の住むアパートがあるのでつれてってください』と言うので運んだのですが――家に着くなり貴方が気絶して、傷の治療もしないとですからから泊まらせていただきました!」
言われてようやく思い出してきた。確かにそんなこと言った気がする・・・・ていうことはこの包帯もアリスさんが巻いてくれたのか。
「ありがとうございます!助かりました」
「助かったのはこちらです。貴方が助けに来てくれなかったら私はあそこで死んでいた」
互いに笑みを浮かべて感謝を伝える。少し恥ずかしいけど、この時間はなにより大切なものに思えた。
――――それはそうと
「アリスさん。ちょうどいい機会ですし、教えてください。――アリスさんが追っている魔術師について]
―― * * * * ――
「私が追っている魔術師は、一言でいうなら”奇跡的な技術をもった狂人”ですね。本名かは、わかりかねますが、彼は自身で『サンジェルマン伯爵』と、そう名乗っていました。」
「!?]
「あなたも名前くらいは知っているのではないですか?」
―――アリスさんの言う通り、俺はその名前を知っている。彼は、オカルト好きの間ではちょっとした有名人だ。
18世紀のヨーロッパ宮廷に出没したと言われている彼は、数多くの言語や音楽、錬金術に通じ、不死伝説や怪奇な噂で知られ、宝石を修復する技術を持っていたといわれている。
数百年前の出来事をまるで見てきたように話し、100歳を越えてなお若々しい見た目を保っていたりしたそうだ。
彼の死後も、彼を目撃したという証言が複数あげられたことから、不死の薬を持つとも噂されていた。
そんな彼の正体は未だ不明で、様々な憶測がある。
曰く、タイムトラベラー。不老不死の薬を作った錬金術師。大ぼら吹きの詐欺師。本当は存在しない架空の人物。
そして―――吸血鬼。
話している内に怒りを思い出したように、アリスさんはそのきれいな顔をゆがませ、吐き捨てた。
「――私は、ヤツを見つけ出して、この手で殺してやりたい」
その言葉には確かな決意と殺意がこもっていたように思う。
俺はそんな彼女の決意を感じながら、当然の疑問を口にした。
「なんで……そんなに殺したいんですか?」
「…昔、まだ私が幼かった頃、殺されたんです。私の家族が……全員。だからヤツを追って、私はこの世界に来ました」
彼女は床に視線を落としながら、消え入りそうな声でそう答えた。
「まあ、そう息巻いたはいいものの、実は諦めかけてたんですけど……」
「え!そうなんですか!?」
「ええ。サンジェルマンを追ってこの世界に来ましたが、いまだに会うことすらできず。助けてくれる人もいなくて、寂しくて、あきらめる寸前でした―――だから、昨日あなたが助けに来てくれてうれしかった!本当に、ありがとう」
アリスさんは顔をほころばせ、頬をほんのりと赤く染めながら俺に感謝を伝えてくれた。
反則だと思う。そんな顔されたらこっちだってうれしくて、つい赤面してしまう。
その後二秒ほど間を置いて、アリスさんは「よしっ!」と、ちょっと暗くなった空気を変えるように、手をたたいた。
そうしておもむろに立ち上がると、
「改めてお願いしよう!私に協力していただけますか?」
いつかの助けてもらったときのように、彼女は堂々とした笑みを浮かべて右手を差し出した。
「もちろん!協力させてもらいます!」
答えは決まっている。
俺は力強くその手を掴みとった。




