異常な日常へようこそ! その3
アリスさんとの話が終わった日の夜、俺はどうしても眠ることができず、スマホでニュースサイトを見ていた。
(公園でのことはどこにものってないか……)
そんなことを考えていたせいか、公園であの吸血鬼、エルザ・アンダーソンが死ぬ瞬間を鮮明に思い出してしまった。
「――――」
体が恐怖で震える。
(誰かを殺すのも、それに協力するのも嫌だから断った……けど、それだけじゃない)
単純に自分が死ぬのが嫌だ。あんな風に苦しんでこの世を去る。そんな死に方はしたくない。
しかし、お願いを断った時のアリスさんの顔が浮かぶ。
あのときあの人は、どこか残念そう、そして寂しそうな顔をしていた気がする。
そう思うと、どうしても家でじっとしていることができず、おれは扉を開けて家の外へ向かった。
自転車をこいでアパートまで行く、チャイムを鳴らしたが出なかった。おそらくもう探しに行ったのだろう。
「もう少し探してみよう!」
また自転車こいで街を走る。
―― * * * * ――
晴明が家を出る1時間ほど前、アリスはすでに街の中を歩き回っていた。
夜の繁華街はさまざまな色で輝やいている、建物はどれも高く、まるで夜など知らないと宣言しているようだ。
「私のいた世界では夜は暗く、恐ろしいものだったが、―――……人も多い」
彼女のいた世界での夜中は、盗賊などの荒くれ者や、街によっては死霊などが現れることがあった。もちろん衛兵などが見回りをしていたが、危険なことに変わりない。そのため、夜中に一般の市民が出歩くなど、ほとんどなかった。
しかしこの世界は違う。街はネオンの明かりに照らされ、カップルや呼び込みを行っている店員、パトロール中の警察など、多くの人が街を練り歩いている。
そこでふと、巻き込んでしまった少年のことを思い出す。
彼を助けた際、彼女には申し訳なさと同時に期待があった。自分を知っている人がいないこの世界で、彼が味方になってくれるかもしれないという期待が。
この世界では晴明以外に2つほど彼女の存在を認知している組織がある。しかし、片方は敵対関係。もう片方は敵ではないが味方でもないという曖昧な立場の連中なのだ。
それ故、彼女はこの世界に来てから今まで、ずっと一人で戦ってきた。誰一人として味方のいないこの世界で。
「――仕方ありませんか、人殺しに加担したくないという彼の思いは当然のこと、少しだけ浮かれていた……」
気持ちを切り替えて、探し物を続ける。彼女が探しているのは吸血鬼だ。
――ちなみに吸血鬼というのはアリスが追う魔術師によって、肉体を作り替えられた存在が、たまたまこの世界に伝わる吸血鬼に似ていたため、そう呼ばれている。
それを見つければ必然的にヤツを見つける手掛かりになるはずだ。
歩くこと3分
光が届かない路地裏でそれを見つける。
それは人の形をしていた――――――下半身から胴体までは……。腕は植物の蔓のような触手に変わっており、顔は蜘蛛やらバッタやらの顔を無理やりくっつけたような、忌避感を覚える見た目をしている。
アリスはすぐに臨戦態勢に入る。まず最初に結界を張った。
この結界は、結界内にいるものを、周囲の人から気づかれにくくする結界だ。
結界を張り終えると、アリスは視線を怪物の足元に向ける、そこには死体が2つほど転がっている。
その死体は原型を留めておらず、いくつか嚙み砕かれたような痕があった。―――おそらく食われたのだろう。
『ぁじんしううbんヴhvsヴぉdsんヴぉhdしうお』
怪物が言葉になっていない呻き声を放つ。
(知性をまるで感じられない、それにあの見た目……ただ吸血鬼に変えられただけじゃない。その上さらに魔術で体をいじくられたのか!)
アリスは魔術を行使するため、魔力を練り上げる。使用するのは先日晴明を助けた炎魔術だ。
せめて一撃で楽に殺してあげようと、怪物へ照準をあわせるが――――――
『アアアアアアアアアアアアアアアアアアア』
怪物が叫ぶと同時に練り上げた魔力が乱れ、消滅した。
「なっ!!?」
あまりの衝撃にアリスは固まってしまう。
そしてそれは致命的な隙となり、怪物の一撃を腹に受けてしまった。
地面に激突しボールのように跳ね、壁へぶつかる。
「―――っ!」
(しまった。なんの防御もなしにくらった。早く体制を整えないと……」
再び魔力を練ろうとするができない、立て直しのため彼女は撤退をしようと立ち上がる。そこで、周囲から人が集まってきた。
「今すごい音しなかった?」
「路地裏の方だ!」
「やべー!なんか化け物いるし、女の子が血流してる」
さっきの叫びで人避けの結界が消えてしまったのだろう、おそらくあれには周囲のモノの魔力を散らす効果があった。
怪物は標的を周囲にいる人へと変える。
アリスは、”逃げなさい”と叫ぶがもう遅い。
最初に死んだのはスーツ姿の男性、何が起こったのか理解できないまま怪物に頭を食べられる。次は若いカップル、二人そろって触手に掴まれ握りつぶされる。そのまた次は警官だ、騒ぎに気付いて駆け寄ろうとしたところを叩き潰された。
もう一人、さきほどの潰された警官と一緒に巡回していたであろう人は、半狂乱になって腰にある拳銃を発砲するが、効かない。怪物は近くにあった車を投げる。その警官は相方と同じ末路を辿った。
車が爆発してさらに被害が広がる。今、この場所は地獄のような光景を広げていた。
「やめ、ろぉぉぉ!」
アリスは悲痛な声を上げながら、どこからか一本の剣を取り出し、怪物へ斬りかかる。
―― * * * * ――
人々の悲鳴は、晴明のいる場所まで届いた。
(……まさか)
先程までアリスさんを探していたこともあり、もしもの可能性に思わず息をのむ。
「くそっ!」
ただの事故という可能性もある、自分が行っても役に立たないかもしれない――――けど、誘いを断った際の彼女の顔が思い浮かび、叫び声がした地点へと走り出した。
―― * * * * ――
一言でいうとアリスは負けた。なんとか乱れた魔力をかき集め、魔術で剣を取り出し攻撃するも、魔術師の彼女が魔術も使わず、異形の怪物に敵うはずがない。
首を思いきり締め付けられ、あわや窒息死寸前である。
「かはっ!」
吐血する。感覚も鈍くなり手足に力は入らない。
(―――すまない)
彼女はただ謝罪した。巻き込んでしまった人たちに。
――――そうして意識を手放しかけた瞬間。
怪物の体に、まあまあの大きさの瓦礫が激突した。
「え!?」
思わず瓦礫が飛んできた方向を見る。
そこには、昼頃に自身の誘いを断ったはずの少年が立っていた。




