月下、尾沢マンションにて
次回から不定期更新になります。
なるべく早く更新できるよう努力しますので、これからもよろしくお願いします
俺とアリスは現在、街に一つしかない教会へとお邪魔している。
どうしてかというと――神父に話しかけられた後、俺が神父をマンションの惨状を引き起こしたヤツと勘違いして攻撃してしまい、そのまま交戦。
アリスが俺を止めて、やってきたシスターが神父を止める。勘違いだったと判明し、謝罪。
シスターに、『詳しい話は教会でします』と案内されて、現在。
という流れだ。
「すみませんでした。さっきはいきなり攻撃してしまって……」
「構いませよ。あの状況では仕方ありませんし、勘違いをさせた神父様にも原因はあります」
「酷いな、シスター沙也加。私は、君の上司だよ」
「黙れボケ神父。そういうことは真面目に仕事してから言え」
シスターは、謝る俺に柔らかい笑顔で応対した後、神父に思いっきり毒づいた。
(この神父慕われてないのかな……?)
そんなやりとりを見届けると、アリスが口を開いた。
「あのマンションの惨状について、あなた方の知っていることを詳しく教えていただきたいのですが」
その発言には敵意というか、不信感のようなものがこもっていた気がする。
「ええ。あなた方も部外者ではありませんから――きちんと説明させていただきますよ『来訪者』」
「――――」
『来訪者』という呼ばれ方が嫌なのか、アリスは軽く眉をゆがませた。
そしてそんなアリスに構わず、シスターは語りだした。尾沢マンションで起こった惨劇を―――。
―― * * * * ――
二日前、アリスたちとマラドーナが戦った翌日。
マラドーナは尾沢マンションの屋上にいた。
彼は愉快気な表情をしながら眼下に広がる景色を眺めている。
街いっぱいに広がる建造物はもとより、街を歩く通行人まで彼の目ははっきりと視認していた。
「意外と良い街だね、ここは――君もそう思わない?ノア・ベルナール」
マラドーナは町から視線を外し、自身の背後を見る。そこには、人の形をしているが人ではない存在――吸血鬼が立っている。
そのノアと呼ばれる吸血鬼からはまるで生気というものが感じられなかった。灰色の髪に血のように赤い瞳、そして中世の貴族を思わせる格好をしている。
「……どこの誰だか知らんが、随分と人の死を背負っているようだな」
ノアはマラドーナの質問に答えず、抑揚のない声を彼にぶつけた。
「………」
「図星か……」
ノアの言葉にマラドーナの顔は影を帯びる。その様子を見たノアは興味を無くしたようにマラドーナを見なくなった。
「まあいいさ、吸血鬼。こっちは君に聞きたいことがあって来たんだ。――伯爵は今どこにいる?」
伯爵という言葉にノアは軽く反応し、視線を上げた。
「吸血鬼の中には、君のように伯爵に忠誠を誓って長年生き続けている個体がいるのは知っている。中には千年近く生きている個体だっているそうだね?」
「それがどうした」
「そんな君たちなら知ってると思ったんだ、伯爵の居場所と目的を。機関は今まで何度も伯爵に邪魔さえれていてね、そのせいで多くの実験体を失ったこともある。だから、そろそろ本気であのイカれた錬金術師をどうにかしようという話になったんだ――だから教えて」
”ついでに世界各地で暴れてる他の吸血鬼共の情報も”と付け加えてマラドーナは尋ねる。
「知らんな。私はあの方に仕えて三百年程度しかたっていない。そのような年月であの方のお考えを測ろうなど不可能な事よ。ほかの連中に関しても同様だ、『教会』は私のような伯爵に仕える吸血鬼を『亡骸の王』などと呼んでひとくくりにしているが、私たちは仲間などではない」
「そっか……そりゃ当てが外れたね」
マラドーナはあからさまに肩を落とす。
「話がおわったのなら今度は私の番だな。貴様……私の餌場に侵入して、ただで帰れると思ってはいまい」
ノアは右手を広げ、血液を収束させていく。それは次第に剣となり吸血鬼はそれを握りこんだ。
「血液操作……それが君の異能かい?」
「まさか。こんなものは異能ですらない。長く生きていれば誰でもできる…………いや、違うな。『生きていれば』ではなく『死んでいれば』の間違いか……」
マラドーナは魔術で身体能力を強化し、臨戦態勢に入った。いつどこから仕掛けてこようと対処できるよう、ノアの姿を凝視する――が、
「―――っ!!?」
ノアの姿がぶれたかと思うと、やつはマラドーナのすぐ目の前へ距離を詰めていた。ノアは血の剣をマラドーナの頭部めがけて振り下ろす。
それをギリギリで回避し、吸血鬼へと魔力弾を撃ち込む。その数は六つ。
しかし、ノアはそれを剣で撃ち払う。横なぎの一線をすることで、都合六つの魔力弾をまとめて消し飛ばした。
マラドーナは再び攻める。魔力弾を打ち払ったことにより発生したケムリでその身を隠し、上へと飛ぶ。さっきのやり返しとばかりに、ノアの頭部へ豪快なかかと落としを見舞った。
ノアは剣でそれを防御する。衝撃で屋上の床は抜け落ち、二人は階下へと落ちていった。
周囲には何人かの人たちが集まってくる。このマンションの住人だ。
「ちっ!これではもう餌場として使えないな」
ノアは不快そうに顔を歪める。そして――
「死に絶えろ」
ノアの足元には大量の血によって池ができていた。ノアが言葉を発すると同時、そこから無数の血の武器が射出される。
武器群はマンションに住む人たち全員に襲い掛かる。ある者は体を貫かれ、またある者は体をバラバラに斬り刻まれた。
大半の人は何が起こったのかもわからないまま殺されている。
「いいのかい吸血鬼、こんな派手に殺して教会に気づかれるよ」
マラドーナの言葉には侮蔑や嫌悪と言った感情がこもっている。このように一般人をむやみやたらに殺すのは彼の美学に反するのだろう。
「構わん。もとよりここは近いうちに放棄する予定だった、それが少し早まっただけのこと。それにこの建物には人避けの結界がはってある。しばらくは気づかれない」
それを聞いたマラドーナは口元に笑みを浮かべる。
「じゃあ、僕はここで誰にも知られることなく君に殺されるわけだ」
「………」
ノアは訝しいんでいた。
先程の攻防で分かる通り、今押されているのはマラドーナの方だ。にもかかわらず彼からは余裕の態度が見て取れる。
(……何かあるな)
ノアはマラドーナと周囲への警戒を高める。その瞬間――
一人の影が飛来した。吸血鬼は剣で迎撃するが、影は剣にあたる直前で急停止。そして空中へと跳躍、ノアの背後へ着地した。
その影を攻撃するため振り返ろうとするが、できない。
「!」
見れば、ノアの体は糸状のワイヤーによって縛られていた。
「さすが!やっぱり吸血鬼を相手にするなら専門家に協力してもらうのが一番だね」
(―――!、専門家……ならばこいつは)
ノアはマラドーナの言葉に驚愕をあらわにし、乱入者が何者なのか即座に理解する。
「教会か!!」
「驚いたな。まさか機関と教会は手を組んだのか?」
ノアはそう問いかけたが、それは無いだろうと考えている。なぜなら、教会は機関と敵対関係にあるからだ。
教会は吸血鬼以外にも異世界がらみの面倒ごとに対処することがある。そんな彼らからしたら、異世界に行きたがり、実験と称して厄介なものを生み出し続ける機関は決して仲良くできる関係ではない。
さっきの発言も、相手を挑発するためのもの。
「見ていましたよ吸血鬼、一度に随分多くの人を殺しましたね」
「それがなんだ。貴様らこそ見ていたという割に随分と到着が遅いではないか、まさか教会は吸血鬼を殺すためなら一般人は何人死んでも構わないと考えているのか?」
ノアは神父の言葉をあざ笑い挑発する。が、神父が遅れた理由も何となく理解している。おおかた、目の前にいる白髪の小僧の仲間に邪魔でもされたのだろう。
その証拠に、後からシスターとマラドーナの仲間らしき二人組がマンション内に入ってきた、そして彼らは体のあちこちに傷が見える。
「すみません、マラドーナ!神父のほうには抜けられてしまいました」
「構わないよ。彼と話す時間を稼いでもらいたかっただけだし」
吸血鬼、機関、教会。三つの勢力が集った。
その場はとてつもない緊張感に包まれてる。ほんの些細なことで再び戦いは始まるだろう。
そうなった場合、一番不利なのはノアだ。彼はワイヤーで縛られているうえ、他と違い仲間がいない。真っ先に狙われて倒されてしまう。
――にもかかわらず、ノアからは余裕が消えない。
「この程度で私を止めたつもりか?―――なめるなよ、人間ども」
「!!」
ワイヤーがすべてちぎられた、神父は舌打ちまじりに後退し次の攻撃を仕掛けようとする。シスターも同様に神父に合わせて自身も攻撃しようとするが、地面から放たれた血の刃に妨害される。
「私の『血の池』は健在だ。数をそろえたところで勝てるなどと思いあがるな!」
ノアはここからが本番とばかりに、魔力を解放した。空気が震え、空間を魔力が支配する。その場にいた全員が身構えるが――
解放した魔力が途端に小さくなった。魔力を再び己の内側に封じ込めたのだ。
「ちぃっ!貴様ら全員この場で皆殺しにしてやりたいが………時間切れだ。私は別の隠れ家へ行かせてもらう」
ノアはそう言うと体を無数の蝙蝠に変化させ、マラドーナが開けた穴を通って逃げてしまった。
窓を見れば、空はうっすらと太陽の明かりに照らされている。夜明けだ。
それを確認したマラドーナは、神父を見やり、
「続けるかい?」
と尋ねる。
それに対する答えはわかっているとばかりに、マラドーナの顔は笑みを浮かべていた。
腹は立つが、吸血鬼が消えた以上人避けの結界が残っているとは思えないので神父は渋々折れた。
「……いや、今日はもう退かせてもらおう」
「良いのですか神父様」
神父の決定にシスターは確認を取る。
「下手に騒いで市民に気づかれると面倒です、何よりあのマラドーナとかいう少年、彼は得体が知れない。ここで戦うのは得策じゃない。悪魔憑きも厄介だ。」
「……承知しました!」
神父たちに戦う意思はないことを確認すると、マラドーナは凜太郎と悪魔憑きの少女を連れて尾沢マンションから立ち去った。
―― * * * * ――
「――以上が、尾沢マンションで起こった出来事です」
シスターは最後にそう締めくくって話を終えた。
……それにしても驚いたな。二日前にそんなことがあったなんて全然気づかなかった。
「アリスは気づいてましたか?」
「いいえ……まったく」
アリスは首を振って答える。
俺はともかく、アリスが気づかなかったのは、あの悪魔憑きの少女の攻撃もせいだろう。それだけ、あの攻撃は強力だったのだ。
「こちらの状況は理解していただけたと思います。そこで提案ですが……お二人とも、私たちと『同盟』を組みませんか?」
「――!」
「なぜ私たちと、そして同盟を組みたい理由はなんですか?」
俺が驚く傍らで、アリスは淡々と同盟の理由を尋ねる。それにシスターは「当然の疑問ですね」と言って、その理由を話し始めた。
「……では、同盟を結びたい理由からですが、それは先程の話に出てきた吸血鬼です。ヤツを放置しているとこの街でさらに多くの被害者が出てしまう、立場的にもそれは見過ごせない。ですが私たちだけではヤツには太刀打ちできない。ついでに言うと『機関』の連中も気がかりです――あなた方を選んだ理由は単純。やつ等に対抗できる力があり、吸血鬼を倒したいという目的も一致している」
「……なるほど………私は同盟を結んでも構いません……晴明、あなたはどうですか?」
「俺も全然いいですよ」
アリスは少し考えた後、俺に尋ねてきた。
アリスが構わないというなら、俺も特に問題ないので了承の返事をする。
「神父様も構いませんね」
「ああ、構わないよ」
「では同盟成立ですね――私の名前は沙也加、神父の方は誠といいます……お二人とも――以後、よろしく」
『亡骸の王』について
王というなら吸血鬼の祖であるサンジェルマン伯爵こそ、そう呼ばれるべきじゃない?なんで配下のやつが王なんて呼ばれてるの?と思う方もいるかもしれません。
安心してくださいちゃんと理由があります。
一つは伯爵本人です。伯爵は現在行方不明、教会やアリスはもちろん吸血鬼たちですら居場所を把握していません。それもあって、教会では伯爵は王様というより、吸血鬼という概念そのものみたいな扱いになっています。
二つ目は単純に現在『亡骸の王』と呼ばれている連中が強すぎたからです。それこそ吸血鬼の王と言えるくらい。




