尾沢マンションの吸血鬼
放課後、俺は帰りのHRが終わると同時に急いで教室を飛び出した。そのまま家にもよらず、アリスの住むアパートへと向かう。
「『尾沢マンションの吸血鬼』……ですか?」
「はい。友人から聞いた話なので、どこまで本当かは、わからないですけど」
噂の内容はこうだ。
今からおよそ三か月前、尾沢マンションに住むとある大学生が失踪した。その大学生は一人暮らしで、同階の住人ともあまり関わりがなかったため、失踪に気づくのにかなり遅れたそうだ。
失踪に気づいたのは、学生の両親から、そのマンションの管理人へと問いかけがあったからで――
『ここ数日、息子と連絡が取れない。今そっちでどうしていますか?』
聞けば、電話はおろか、メールに既読すら付かないと言う。管理人も、その大学生が最近全く部屋から出ていない事に気づき、緊急用のカギを使って大学生の住んでいる部屋に入ってみたところ、居るはずの大学生がおらず、警察へ捜査願いを出した。
捜査は難航したが大学生を発見することに成功した。ただし遺体で。
発見された遺体はかなり奇妙だった。
なんでも、全身の血液が一滴も残らず無くなっており、首には噛み跡があったそうだ。
発見された場所もおかしい。なにせその場所というのが管理人も存在を知らなかった地下室なんだとか、当然その地下室はマンションの設計図にも記されてはいない。
仮にこれが誘拐だったとして犯人も不明、捕まえるどころか、特定することすらできていない。そんな事件が同じマンションであと二回も起きたらしい。
「――なるほど」
話を聞き終えたアリスはそう呟いた。
「まあ。デマの可能性の方が高いですけど」
家にも寄らず、急いで伝えに来ておいて言うのは何だが、この噂は本当にただの噂の可能性が高い。こんな事件が起きていたなら、もっと大々的にニュースになっているはずだからだ。
なんせ、人が死んでいるうえに犯人が見つかっていない。
もし本当に起こっていたのなら、そんな事件を、マスコミが放っておくとは思えないからだ。
「いえ、事実だと思いますよ。その噂」
――俺のそんな楽観的な考えを、アリスはこともなげに打ち砕いた。
「本当ですか!?テレビでもSNSでも、どこも取り上げてないんですよ」
「はい。むしろ、取り上げてないからこそ、信憑性が増す」
「それは何故???」
「何故って……」
俺の疑問符いっぱいの問に、アリスは訝しんだ後、「そういえば、教えていませんでしたね!」と言ってその答えを教えてくれた。
「私もこの世界に来てしばらくたった後に知ったのですが、この世界には吸血鬼退治を生業とする組織があるのです」
「組織……この前の機関とは別の?」
「ええ。魔術を使用できない彼らは、長年吸血鬼について研究し、吸血鬼を殺す手段を編み出しました」
アリスは懇切丁寧に教えてくれる。
話の途中だが、一つの疑問が浮かんだので質問してみた。
「そんな昔から吸血鬼が存在しているなら、なんで一般人はその存在を知らなかったんですか?」
「それは彼らが吸血鬼の存在を認知したタイミングが主な理由です。彼らが吸血鬼という存在をを認知したのが18世紀頃で、もうそういった超常は存在しないと世間が認識し、それを前提に文明が発展してしまったからです」
アリスの答えに俺はひどく納得してしまった。
この世界は、人間が生体ピラミッドの頂点であり、すべての事柄は科学で説明、解明できることである。と、今を生きる人たちは、それを当たり前に思い生きている。
”何かとんでもないことが起きないかな”と思っていても、心のどこかでありえないと諦めている。――ちょうど、アリスに出会う前の俺のように。
「当時の彼らは、吸血鬼の存在を公表すれば世界中がパニックに陥ると考えたのでしょう。当然です。なにせ、それを公表してしまえば今までの人類社会を積み上げてきた前提が、全て崩れ去ってしまうのですから」
これは現代でも同じ。というか、人も増え、科学がすさまじい発展を遂げている現代こそ、その混乱は大きくなる。
それが俺たちの生きるこの世界。
たった一つの超常でたやすく崩れ去ってしまうのだ。
「故に、吸血鬼や魔術的な事件が起こっても隠蔽されてしまう――それが信憑性の答えです」
俺はアリスの話に納得し、さらなる疑問を口にする。
「それで、その吸血鬼退治を生業とする組織って言うのはなんなんですか?――吸血鬼の存在を隠すほどの力があるんだから、総理とか国のトップ?」
俺の何度目とも知れない疑問に、アリスは快く答えてくれた。
「いえ、『教会』です。支部ならこの街にもあります」
「まじか……!」
この街にも協会があるのは知っていたが、まさか身近に吸血鬼退治の専門家がいるとは思わなかったので、割とガチで驚いた。
「まあ、『教会』に関しては、今後も伯爵探しをしていればそのうち知り合うことになるでしょう!より詳しいことはその際に……」
―― * * * * ――
話は少し脱線してしまったが、『尾沢マンション』には吸血鬼もとい、伯爵の手がかりがいる可能性が高いということがわかった。
「今日の探索ではそのマンションに向かいます。晴明も準備をしておいてださい」
そう話は締めくくられ、俺は急いで自宅へと帰る。廃ビルでの探索では、油断してやられかけてしまったので、今回はより入念に準備をした。
なるべく動きやすい服を探し、学校指定ではない黒いジャージを見つけた。少し寒いがそれに着替える。軽く夕食を摂ってからアリスと合流。
時計の針は午後の10時に回っている。
合流したらすぐ尾沢マンションへと向かう。
アリスが魔術を使ってロックを解除……しようとするが、なぜか解除するまでもなく扉は半開きになって開いていた。
「妙ですね……」
と、アリスが呟く。俺もそう思った。
妙な点はそれだけじゃない、人の気配があまりにも無いのだ。いくら夜中の10時とはいえ、少しくらい出歩いている人が居てもいいのに、なぜか誰ともすれ違わない。
いくつかある部屋の扉に耳を当てても、話し声やテレビの音一つ聞こえない
「………進みましょう」
アリスはしばらく黙考した後、進行を促した。
しばらく、マンションを進み続ける。その間、とくに会話は無かった。
普段のアリスなら、俺が緊張しすぎないように適度に話しかけてくれたが、今日は驚くほどにその会話が無い。
今回は、緊張しすぎるくらいがちょうどいいということか……それとも、アリス側に話しかけるほどの余裕が無いのか……。どちらかはわからない。
冬の季節、Tシャツの上にジャージ一枚しか来ていないというのに、俺の頬には一滴の汗が流れていた。
二人でマンションの探索を進めていく。階段を一つ上がり、角を曲がったところで静けさの理由に気づいた。
「―――っ」
目の前には、信じたくない光景が広がっていた。
床、壁、天井。ありとあらゆる場所が崩れ、抉れ、壊れている。
「アリス、これは……」
俺は動揺を隠せず、アリスの方へ視線を向ける。彼女は軽く目を伏せた後、近くの部屋の扉を蹴破った。
「ちょっ!何してるんですか!?」
彼女は無言で室内に入っていく。
室内からは明かりが見える。
「明かり……良かった。人がいるのか……」
バカな少年、明かりが点いているだけで、中の人は無事だと勝手に思い込んだ。
アリスを追って室内に入る。
そして、入ってすぐ後悔した。
「――――え、」
部屋の光景を見て微かな声が漏れる。
目の前に広がるのは血のような赤。いや、ようなじゃないちゃんと見ろ、目の前に広がるのは間違いなく、血だ。
部屋の中心には家族と思しき人たちがぐちゃぐちゃになって散らばっている。
「やはり……」
部屋の光景を前に、アリスは冷静に呟いた。
なんで冷静でいられるのかわからい。
――だってこんなにも死体が散乱している。
なんで自分はこんなに動揺しているのかわからない。
――だって、死体なら今までさんざん見てきただろう。
何故、晴明はこんなに動揺している?
――だって今まで見てきた死体は一つだった。人一人が吸血鬼一人によって殺された。それだけだ。
重ねて何故、大量の死体なら、あの繁華街で、横の女を助ける際にあったじゃないか?
――だって、あの時は死にかけているアリスしか見えていなかった。
こんな光景を見たせいだろうか?脳みその奥から、だれかに問いかけられているようなそんな錯覚を覚えた。
晴明と同じ声の、晴明のはずの誰かに、脳に直接話しかけられるような錯覚がする。
――頭に響く。
何度もこだまする声に耐えらえれず、意識を手放しそうになる―――
「――どちらさまでしょうか?」
が、後ろからの呼びかけによって、何とか意識は保たれた。
俺とアリスは後ろを振り返る。するとそこには、右手に明かりを持った神父が立っていた。
一応解説
・教会が18世紀頃に確認した吸血鬼について
この吸血鬼も伯爵製の吸血鬼です。実は伯爵以外にも吸血鬼を作れるやつがいるとか、吸血鬼はそういう種族として元からこの世界にいましたとかはありません。
異世界でも、こっちの世界でも、吸血鬼”は”すべて伯爵製です。




