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都に春の気配が満ち始めた頃。


猿は、また城を与えられた。



天主閣の上段。

殿の前で、猿は膝をついていた。


「西を任せる」


殿は、それだけを告げた。

地図の西側、山と海が入り組むあたりに

小さく印が打たれている。


「都の西の口に城を置け」


「そこを起点に、

 西の大勢力を崩していけ」


猿は、深く頭を垂れる。


「この上もなき御恩」


言葉は型通りだが、

背中の筋肉が

わずかに強く締まる。


(城持ちではなく)


(“国主”として)


(殿の西の腕となる)


殿は続けた。


「相手は、一代で国を成した男の跡だ」


「父はもうおらぬ」


「三人の子が、三方向を支えている」


「一本なら折れたものを、

 三本を束ねて

 “矢”と呼ぶ国よ」


猿の目が細くなる。


「三本まとめて、でございますか」


「一本ずつ、でよい」


殿の声は静かだった。


「一本ずつ折れば、

 束ねる手が消える」


「……わしが龍殿と

 直接刃を交えることなく終わったように」


「この西の国にも、

 “正面からぶつからずに済ませる道”はある」


「ただし、

 その道を探すのがお前の役目だ」



廊下に出た猿を、

さくらが待っていた。


「国主になられたとか」


「噂の回るのは早い」


猿は笑う。


「都の風は、

 天主閣から吹き降ろす前に

 どこかで一度ひそひそ話になるらしい」


さくらは、

その冗談を受け流しながら

地図の西を思い浮かべていた。


海。

山。

川。

入り組んだ地形の中に

ひとつ、大きな勢力。


「一代で国を作った男の跡」


「西の謀神、と呼ばれた方ですか」


「名を出すのはやめておきましょう」


猿が肩をすくめる。


「今は、その息子たちの国です」


「三本の矢と言われる、

 三人の息子」


「三人とも、それぞれに

 器量が違う」


「三本まとめれば強い」


「一本ずつなら、

 意外と折れやすいかもしれません」


さくらは問う。


「猿殿は、

 矢を折るおつもりですか」


「それとも、

 別の束を作るおつもりですか」


猿は、

少しだけ空を見上げた。


「さて」


「折るにしても、

 束ねるにしても」


「一度は手に取らねば

 重さが分かりませぬ」


「矢の重さを測るのが、

 まずは某の仕事でしょう」



西へ向かう道は、

これまでとは違う匂いだった。


湿った潮風。

山から降りてくる冷たい気配。

村々の屋根には、

東とも北とも違う勾配があった。


「ここから先が、

 “西の国”の匂いですな」


猿が馬上で言う。


さくらも、

薄く鼻を利かせていた。


(東の龍は、

 澄んだ冷たい風の匂いだった)


(北の名門は、

 古びた木と鉄の匂い)


(西のこの国は――)


献上米の甘い匂い。

塩蔵の魚の匂い。

山の木々の湿り。


そして、

その奥にかすかに

練り上げられた軍の匂いがある。


(父が作った「形」を、

 息子たちが

 どうにか守っている)


(そんな匂いです)



猿が与えられた城は、

都と西の国との間にあった。


川と海の合流を押さえ、

山へも抜けられる要害。


「城というより、

 “手のひら”ですな」


猿は城の天辺に立ち、

四方を見渡した。


「ここに座れば、

 西から来るものを

 すべて一度受けられる」


「人も、

 物も、

風も」


さくらは、

その隣に立って

遠く西の山並みを眺めた。


「あちらに、三本の矢」


「こちらに、猿殿の手のひら」


「殿の刃は、

 どこに立てばよろしいですか」


猿は笑う。


「もちろん、掌の上」


「矢が飛んでくるなら、

 掌の上で折るのが

 いちばん楽ですからな」


「……ただ」


彼は少し真面目な声になる。


「西の国は、

 父一代で作られた国」


「息子たちは、

 その“形”を守ろうとしている」


「そういう国を

 根こそぎにすれば」


「この先、

 “国を作ろうとする者”が

 皆怯えます」


さくらは、

その言葉を静かに飲み込む。


(殿は、

 寺を焼き、将軍を退け)


(それでも、

 “根こそぎにするな”と

 どこかで制御してきた)


(猿殿も、

 同じ線を見ている)


「さくら殿」


猿が、

こちらを向く。


「西の戦は、

 これまでと少し違います」


「“折るべき矢”と、

 “残すべき矢筒”を

 見分けねばならない」


「鬼娘殿の目と刃を、

 また頼りますよ」


さくらは、

大太刀の柄に触れた。


(寺と城のあいだ)


(魔王と帝のあいだ)


(龍と殿のあいだ)


(そして今度は、

 三本の矢のあいだ)


(この世は、

 あいだばかりですね)


「承知いたしました」


「矢を折るべき場所と、

 矢筒を残すべき場所」


「この目と鼻と刃で、

 見極めてみせます」


西の空は、

まだ明るかった。


その向こうにいる

三本の矢たちの顔も、

まだかすりもしない。


それでも、

猿の城の天辺から眺める山並みは、

すでにどこか

次の戦の形を

うっすらと映していた。

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