表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

72/121

72

都と山城のあいだ。


川と湖と、なだらかな丘が

ゆったりと続く土地があった。


かつて、

そこには巨大な城が建っていたという。

今は石垣だけが残り、

草に半ば飲み込まれている。



主君は、その石垣の上に立っていた。


風が、

都の瓦と山城の峰から

順番に匂いを運んでくる。


「ここだ」


ぽつりと、そう言った。


「本拠を移す」


猿が隣で扇子をたたむ。


「山城から、でございますか」


「ああ」


「山の城は、

 守りにはよいが

 “国の顔”には向かぬ」


「都は、

 古い柱の記憶が濃すぎる」


「ならば……

 その中ほどに、新しく柱を立てる」


主君は足元の古い石を軽く踏む。


「かつての城の石垣の上に、

 今の世の城を重ねる」



「天守閣ではなく、

 “天主閣”だ」


誰かが意味を問おうとしたときには、

もう主君は前を見ていた。


「上にあるものを守るのではない」


「上にあるものを、

 誰が“持つ”かを示すための閣だ」


「天を守るのではなく、

 天を主とする」


その言葉に、

評定の間ではなく

風の中にいた者たちだけが

うっすらと身震いした。


(魔王が“天の主”を名乗る)


(そうとしか聞こえない)


それでも、

誰も口には出さない。



やがて、

城の建設が始まった。


湖から木材が運び込まれ、

石切り場から新しい石が運ばれ、

かつての石垣は

一部を崩されながら組み直されていく。


城下も一緒に造り替えられた。


道は都から山城へと

真っ直ぐに通され、

その途中に

新しい城と町が差し込まれる形。


「ここを通らねば、

 どの国へも行けぬように」


猿が地図に線を引きながら言った。


「殿は、“道の真ん中”を

 本拠にされるおつもりです」


「上でもなく、

 端でもなく」


「真ん中で、

 すべてを見て、

 すべてに手を伸ばせる場所」


天才軍師は、

それを見て小さく笑った。


「……まさに魔王」


「天の主を名乗るだけのことはある」



さくらは、

工事が進むたびに何度か足を運んだ。


まだ石だけだった場所に

木の骨組みが立ち上がり、

やがてその上に

異様に高い櫓が組まれていく。


「……高いですね」


見上げすぎて首が痛くなる。


猿が横で頷いた。


「“見えるように”しているのですよ」


「都からも、

 湖からも、

 山城からも」


「どこから見ても

 “あそこに殿がいる”と分かるように」


「それは、

 狙われやすくなるということでは」


さくらがそう言うと、

猿は肩をすくめる。


「狙われぬ場所で、

 殿が座っていられた時代は

 もう終わりました」


「これからは、

 あえて“見える場所”に座ることで

 世を抑えるつもりなのでしょう」


「見えている分、

 嘘をつきにくい」


「見えている分、

 人も諦めやすい」


さくらは、

その言葉を聞きながら

天主閣の骨組みを見上げる。


(殿は、

 本当に魔王なのでしょうか)


(それとも、

 魔王と呼ばれるのを

 利用しているだけなのか)


答えは、

まだよく分からなかった。



やがて「天主閣」が

形をととのえ始めた。


天へ突き刺さるような高さ。

横へ張り出した唐破風。

外を彩る塗りと金具。


都の町から見れば、

遠くの湖の方角に

新しい白い塊が

ぽつりと浮かんで見えた。


「……あれが、魔王の城か」


「天主閣、と呼ぶらしい」


「天守ではなく、天主」


言葉の違いを

誰も上手く説明できないまま、

噂だけが先に歩いていく。


同じ頃、

山城の方でも

別の感情が生まれていた。


「殿がお移りになる」


「ここは“戦の城”になり、

 あちらが“治める城”になるのだと」


「……寂しいような、

 ほっとするような」


山の石と風に馴染んだ者たちは、

そんな顔をしていた。



さくらは、

天主閣の一室から

窓の外を見ていた。


足元に湖。

遠くに都。

さらにその向こうに山並み。


(ここが、

 これからの“真ん中”)


(殿は、この高さから

 世を見ようとしている)


ふと、

自分が“鬼”と呼ばれることを思い出す。


(魔王の城に住み、

 天主閣の中を歩く鬼)


(ずいぶん

 似合う場所に来てしまいましたね)


皮肉めいた思いが浮かび、

自分で少し笑ってしまう。


 


背後で、

足音がした。


振り返ると、猿がいた。


「眺めはいかがですか、

 鬼娘殿」


「悪くありません」


さくらは素直に答える。


「ただ、高すぎて」


「ここから落ちたら、

 さすがの私でもひとたまりもないでしょう」


猿は笑う。


「だからこそ、

 殿はここに立たれる」


「“落ちれば死ぬ”と分かっている場所に

 自分の居場所を置く」


「そうでもせねば、

 人はすぐに

 足元を忘れてしまいますからな」


さくらは、

窓枠に手を添えた。


(魔王が天主閣に上がり)


(鬼が、その足元を守る)


(この形が、

 どれだけ長く続くかは分かりません)


(それでも、

 殿がここに立つと決めた以上)


(私は、

 この城の下でも上でも)


(刃として、

 最後まで筋を見ていくしかない)


湖から風が上がってきて、

桃の匂いを

高い部屋の中に薄く広げた。


この城は、

戦の終わりを告げるための城なのか。

新しい戦の始まりを告げる城なのか。


まだ誰にも、

はっきりとは分かっていなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ