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◆◆都の静けさを破ったもの──
密書。
擁立された将軍が
山城の北にある名門家――
かつて都を支えた栄華の残滓を
いまだ誇っている一族――
と、
怪しげな手紙を交わしている。
その報が
山城へ届いたとき、
空気が
わずかに、
冷たくなった。
◆◆猿の報告
猿は主君の前で、
密書の写しを広げた。
「殿。
都の象徴たる者が
北の家と通じております」
「内容は――」
扇子が紙面を叩く。
「“都の真の主は
これまでどおり北の名門である”
と、
事実をねじ曲げたもの」
重臣たちがざわりとする。
さくらの眉が僅かに動いた。
(やはり……
傀儡は傀儡らしく
誰かの手を探す)
◆◆主君の反応
主君は机に肘をつき、
瞑目した。
怒りの色はない。
軽蔑でもない。
ただ――
期待どおりだ、という静けさ。
やがて言う。
「都を与えた者が
誰かを忘れるのは早いものだ」
猿が笑う。
「人は器ではなく、
器を支える力を見誤ります」
重臣が問う。
「殺すか?」
主君は首を振った。
「いや」
「利用する」
◆◆さくらの胸の内
さくらは
将軍を思い出す。
弱い。
脆い。
だが象徴として必要な存在。
(……この裏切りは
意図せず起きたもの)
(だが、
裏切りの芽は
放っておけば毒となる)
刃が必要だ。
◆◆猿の策──“裏切りを刃に変える”
猿が扇子を閉じた音が
評定の空気を変える。
「殿。
この密書は
握り潰してはなりませぬ」
「都の民に知られぬよう
形を整え――」
扇子が北の地図を叩く。
「北の名門家を
焚きつけるのです」
重臣が驚く。
「敵を煽ると?」
猿は頷く。
「彼らは都を欲している」
「ならば
都が開いたと信じさせれば
動きます」
「その刃を
斬り落とせばよい」
主君が頷いた。
「なるほど」
「将軍の裏切りは
この国の“誘い水”として使う」
◆◆さくらへの命
「さくら」
主君は静かに言う。
「そなたには
ただ一つを命じる」
「都を乱す者が現れたら――
一振りで沈めよ」
「都の治世は
刃によって証明されねばならぬ」
さくらは頭を下げた。
(都を守る刃)
(戦場ではなく
“秩序”を切る刃)
◆◆その夜──将軍との密やかな対面
主君は将軍を呼びつけた。
御簾越し、
将軍の肩が震える。
主君は問う。
「北との書状、
余にも見せよ」
将軍は答えられない。
沈黙のまま、
御簾の影が冷える。
主君の声は
温度を欠いていた。
「余はそなたに
玉座を与えた」
「だがそれは
余が剣と策で取った玉座だ」
「そなたのものではない」
将軍は深く頭を垂れる。
「二度と北へ書簡を送るな」
「そなたの権威は
余の掌の中にある」
言葉は叱責ではない。
支配の確認。
さくらが背後で
その空気を感じていた。
(この主は
象徴をも支配できる)
(力を持つ者は
人の弱さも征する)
◆◆都──静かなる次の火種
北の名門家は、
密書に興奮し始めていた。
「都は開いたのか?」
「傀儡がわれらに従うのか?」
彼らは動き出す気配を見せる。
都には
見えない緊張が広がった。
さくらは
御所の屋根の上から
都の灯りを眺める。
(この都は静かだ)
(だがその下で
野望が渦を巻いている)
手を柄に添え、
風に囁く。
「乱れがあれば、
斬り捨てます」
夜の都は
その刃の匂いを
まだ知らなかった。
だがいずれ知る。
都を治める刃は、
戦場より恐ろしいということを。
◆◆評定──
北討つ決断は、
火花を散らすように下ろされた。
猿が地図を広げる。
山城の北、
旧勢力の本丸。
そこへ軍を差し向けると
主君は淡々と告げた。
重臣の一人がためらいながら問う。
「……殿。
北の名門家は
妹君の婿殿の同盟国にございます」
「摩擦が――」
主君は聞き流した。
「摩擦は、
力を持たぬ者が恐れるものだ」
「こちらには力がある」
言葉は冷たいが、
確信は火のように強い。
◆◆二つの同盟国
一つは南。
狸と呼ばれる策士の国。
奇襲で天下を揺るがした直後から
この男は、
主君の未来価値を嗅ぎ取り
同盟を保ち続けた。
噂では、
狸は他国と盟を結ぶことは少ない。
だが、この国とは違った。
二つ目は北。
主君の妹を娶った男。
婿殿の国は
北の名門と古くから盟を結んでいる。
だから
評定の者は口にしたのだ。
「釣瓶の綱が絡まるのでは……?」
猿は笑う。
「絡まった綱は、
強い者が引けば
どちらが本物かわかります」
主君は言う。
「婿殿は、
血より力を見る男だ」
「我らを裏切れば
自らの国が滅びる」
◆◆さくらの胸の内
(……殿は、
人の“器”を見定めている)
(婿殿の国は、
表向きは北の名門と盟約だが――
内実は、
殿の器を見て乗り換えると思っている)
◆◆軍議──狸の反応
南方の同盟者、
狸と呼ばれる男へ書状が送られた。
返ってきた返答は短い。
「望むところにございます」
猿は扇子で机を軽く叩く。
「狸殿は、
名門などどうでも良いのですよ」
「彼は未来の価値を嗅ぐ嗅覚だけで
生きている」
「そして殿こそ、
狸殿が賭ける未来である」
南の狸は軍を出す。
標的は――
北の名門。
さくらは静かに
その動きを俯瞰した。
(名門は、
もはや“名”しか持っていない)
(誰もその名の価値を
信じていない)
◆◆出陣
軍勢が整う。
連合軍の旗が風になびく。
その先頭に
大太刀を背負ったさくらがいた。
都の民が囁く。
「都を開いた鬼娘が、
次は名門を討つのか」
「戦国の形が変わっている……」
さくらは馬上で
風を嗅いだ。
(北の空は……
怯えと、傲慢と、過去の腐臭がある)
(その匂いを、
刃で断ち切る役目)
◆◆北の名門──敵視点
本陣では
重臣たちが声を荒げていた。
「攻めてくるだと!?」
「南の狸も兵を出している!?」
若い当主は呆然とした。
「なぜだ……
我らは名門なのだぞ……」
その言葉に
誰も返さない。
名門の名は、
もう重くない。
重臣の一人が
ぼそりと言った。
「名は……
もう風化していたのだ」
「気づくのが遅すぎた」
◆◆連合軍が迫る
その先頭には
都を開いた刃がいた。
さくらは馬を降り、
太刀を肩に担いだ。
(戦は、
名ではなく力で成る)
(そして力とは、
未来を掴む意志だ)
◆◆いま、北の名門を討つ戦は
ただの領土争いではない。
過去を断ち切り
戦国の新たな秩序を刻む戦。
旗が揺れる。
刃が鳴る。
(この戦いの先に、
天下の輪郭が見える)
さくらは一歩
北へ進んだ。
討伐が始まった。




