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◆◆都──凱旋の朝


都門に掲げられたのは

勝鬨の旗ではなく、

一枚の看板だった。


墨跡鋭く、

風に揺れながら民に読まれる。


 ――都における

   略奪を堅く禁ず。

   破る者は斬る。


噂は瞬く間に広まった。


「勝者が荒らさぬ……?」 「こんな上洛があるのか?」


過去の都は、

勝者の血塗れの饗宴で始まるものだった。


しかしこの主君は

一滴も許さない。


理由は簡単だった。


都の人心は奪うものではなく、

支配の土台にする材料だから。



◆◆都の深層に眠るもの


都を荒らさなかった軍勢に、

民の視線が変わっていく。


恐れから、

期待へ。


けれど都には

“空位の玉座”があった。


かつての権勢家に兄を殺され、

名ばかりの支配者として幽閉されていた若い公家。


血統はある。

だが力はない。


主君はその人物を

静かに呼び出した。



◆◆邂逅──傀儡との対面


薄暗い御所跡の一室。

主君がその若者の前に立つ。


若者は

自分が連れて来られた理由を理解していない。


主君は一言だけを与えた。


「そなたは都の長として

 立ってもらう」


若者が震え声で問う。


「わ、私は……

 何も……力が……」


主君は薄く笑った。


「力は余が与える」


「そなたはただ、

 玉座に座ればよい」


> 傀儡。

 されど、都の象徴。




背後で猿が扇子を開く。


「兄君が討たれたという

 その悲憤を」


「復讐の旗にすればいい」


若者の瞳に

感情が宿る。


“復讐”は

弱き者が立ち上がる唯一の炎。


それでいい。

傀儡は傀儡として燃えればいい。



◆◆都の街──静かな支配


略奪を禁じる軍。

民は驚き、

やがて噂が街を覆う。


「この国は……

 都を守るのか?」


「支配者が…

 都を壊さない……」


都人の心が揺れる。


刃ではなく、

統治が始まった。



◆◆さくらの視点


さくらは都の裏路地に立っていた。


兵が乱暴に振る舞わないよう

静かに監察している。


兵の背がさくらを見ると

自然と姿勢が正される。


(刃の役割が変わる)


(いま私は、

 殺すためでなく

 “守らせるため”に

 存在している)


剣に触れ、

小さく呟く。


「ここは戦場ではないのですね」


都は、

戦国で最も壊れやすい場所。


刃は荒らしてはならない。



◆◆御所前の儀式


傀儡として選ばれた若者は

公卿の衣をまとい、

城前で名目の就任を行った。


民が頭を下げるのは、

その人物への敬意ではない。


「都に秩序が戻る」という祈り。


主君は儀式を離れた位置から見ていた。

顔に感慨はない。


猿が近づき、

小声で言う。


「これで都は動きます」


「象徴は必要です。

 使い捨てでも構いませぬ」


主君は低く笑った。


「良い」


「天下への道は

 都の“空位”を埋めることからだ」



◆◆その夜──

さくらが夜の御所の屋根上に立っていた。


都の灯が揺れている。


(この都は…

 刃で開いた)


(けれど刃だけでは

 治まらない)


さくらの匂いが

夜風に流れる。


見下ろせば、

略奪のない軍、

民の静かな暮らし、

控えめな笑い声。


(主君は

 本当に天下を見ている)


さくらの胸に

わずかな熱が灯る。


(…仕えてよかった)


都は解放された。

だが支配の戦いは、

ここからが始まり。


都の動き、旧勢力の残党、

傀儡の幼弱な心、

そして都の底に巣くう陰謀。


戦国の中心は

静寂の皮をかぶった渦へと

変わり始めていた。


◆◆都が静かに動き始めた頃──

山城に、二つの影が訪れた。


◆◆一人目──商業を支える巨きな手


都の南、

台所とも呼ばれる巨大な商業都市。


そこを束ねる大商人が、

鞍の高い馬に乗ってやって来た。


牛皮で包まれた箱を開け、

銀子と矢銭を差し出す。


その上で、

緋の布に包まれた茶器を献上した。


「名物にございます」


その一言の重み――

かつて権勢を誇った者しか持ち得ない

茶器が、

今はこの国のもとへと差し出される。


さくらは息をのんだ。


> (戦場ではなく、

 富と文化が屈した)




> (時流を読む力……

 この男は、戦わず従う器を持つ)




主君は一礼だけを返し、

大商人は深々と頭を下げた。


「商いは、

 御国の治世にこそ成るもの」


商の勢が

この国に付いた瞬間だった。



◆◆二人目──悪名の影


次に現れたのは、

対照的な男。


痩躯、

鋭い目、

笑みの奥に毒。


都では知らぬ者がない。

裏切りを繰り返し、

一族を率いて将軍を殺したことで

悪名を轟かせた男。


その男が

名物茶器を差し出し、こう言った。


「今度こそ

 従いとうございます」


さくらの背筋が強張る。


(嘘だ)


(この男は

 裏切ることを

 生きる術としている)


目が交錯する。

その男は気づいたように

薄い笑みを浮かべた。



◆◆主君の判断


重臣たちはざわめいた。

受け入れるべきか否か。


猿は笑わなかった。

ただ観察している。


主君は一言で答えた。


「良い」


場が凍りつく。


さくらが一歩進み――

言葉を飲み込んだ瞬間。


主君は続けた。


「裏切るならば、

 その時に叩き潰せば良い」


その声音は

刀を抜くよりも鋭かった。


猿が扇子を軽く叩く。


「この男には

 こちらが飼っていると知らせるのが

 肝要」


「従わせ、

 裏切ったら

 見せしめとする」


裏切りの名手を

恐れず使うことこそ、

己が器の証明。


主君は男を見下ろして言う。


「そなたは

 裏切りしかできぬ」


「それならば、

 裏切る時も余の益にせよ」


男の眉が揺れる。


(この主は、

 恐ろしい……)



◆◆さくらの胸の内


さくらは

その男を見ながら静かに考えた。


(私はこの男が再び裏切ると思う)


(だが主君は……

 それを計算の内にしている)


(私と猿殿を持つ国なら、

 裏切りは恐れるものではなく

 “毒の刃”として利用するのだ)


裏切る者は、

裏切りの瞬間

己の首を差し出すもの。


主君はそれを

正しく理解している。



◆◆猿の囁き


儀式が終わり、

男たちが退座したあと。


猿がさくらへ歩み寄った。


「さくら殿」


「今の二人、

 一人は富を流し、

 一人は毒を流し込んだ」


「どちらも

 都を支配するには

 必要なものです」


さくらは静かに問う。


「毒まで必要なのですか」


猿は目だけ笑った。


「毒を飼える国が

 天下を取るのです」


「毒を拒む国は、

 毒に飲まれる」



◆◆都の動き


商人の献上は

都の経済を握ることを意味し、


裏切り者の従属は

都の裏の動きを

主君の掌に乗せたことを意味した。


それを都の民は

驚きとともに噂した。


「都の覇者は、

 富も悪も従えるらしい」


「鬼娘がいる国だからか……?」


影は増し、

支配の重さも増した。



◆◆さくらは夜空を仰いだ。


(天下を目指す国は、

 刃だけでなく

 人の陰影も操るのですね)


(その汚れを、

 私が斬る日も来るのでしょう)


風が旗を揺らす。


都は今、

富と毒の二つの血管が

この国へ流れ込み、

支配の形が練り上げられつつあった。

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