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◆◆僧兵の分裂は“火種”にならなかった──
“導火線”になった。
僧兵集団の一角が
この国へ帰依を求めたという噂は、
西の城内にあっという間に走った。
城主は怒鳴る。
だが怒声は城下には届かない。
城下の民はつぶやく。
「女人禁制といいながら
心揺らぐのか」
「教えより
富と正義を求めるのか」
兵士は気づき始める。
“守るべきもの”は
この城の中にはないと。
その変化は、
剣では止められない。
◆◆猿の動き
猿は山城へ戻ると、
主君にひざまずいた。
「殿、
城は既に崩れ始めております」
主君は問う。
「いかにして落とす?」
猿は笑う。
「民が門を開くのを、
待つだけにございます」
◆◆一方──さくら
僧兵の寺を離れたさくらは、
城下を歩いていた。
人々の表情が変わっている。
恐れではなく、期待。
(この国の影響が
ここまで届いたのですね)
城壁を仰ぎ見る。
戦わずして落城する匂い。
しかしその瞬間――
異質な視線が
さくらを射抜いた。
家屋の陰、
鎧の音も立てず歩く者。
(……この匂い)
戦の匂いではない。
野心。
猿の調略に抗う者か、
あるいは機会を狙う者か。
刃へ手を伸ばしつつ、
さくらはその気配を追いかけた。
◆◆城内──
武将たちが密談していた。
「殿を見限っても、
我らが滅ぶわけではない」
「だが猿に組すのも癪だ」
「鬼娘を使うか?」
彼らは敵愚主を見捨てたが、
猿にも従う気はない。
“第三の策”――
それが芽吹いていた。
◆◆さくら、境内にて遭遇
廃寺の回廊。
曇り空を背に、
一人の若き侍が
さくらへ膝を折る。
「お頼み申し上げます、鬼姫様」
(鬼姫……?)
その侍は言う。
「我らは殿を捨てる。
だが猿殿の器にも
飲み込まれたくはない」
「新たな主を立て、
国を再興したいのです」
(新しき野望)
さくらは静かに侍を見つめた。
「私に仕えよと?」
侍は首を振る。
「いいえ。
あなたに“刃の正しさ”を示してほしい」
「あなたが動けば、
この国の形は変わる」
さくらは気づく。
(……これは誘惑でも脅しでもない)
(器を見る者の呼びかけ)
だが返答は一つだった。
> 「私は主君の刃。
己で国は立てません」
侍は失望もせず、
ただ深く頭を下げた。
「その答えを……
西の城にも届けてください」
◆◆落城の予兆
翌日、
西の大城で暴動が起きる。
兵糧庫が開かれ、
民が食料を奪い合う。
僧兵は割れ、
武将は沈黙し、
家老は逃げ出した。
大名は城から出られない。
兵士の声が上がる。
「門を開けよ!」
「守る価値などない!」
そして――
◆◆落城
城門が、
内側から開けられた。
矢が飛ばず、
血も流れず。
ただ、
“城が自壊した”。
猿は山城で報を受け、
静かに扇子を閉じた。
「城とは、
石でも木でもなく――」
「人心であると証明されましたな」
主君は頷いた。
「次は都か」
猿は膝を折る。
「いえ、殿」
「まだ一手、
必要なものがございます」
主君が眉を動かす。
「何だ?」
猿はさくらの方を見た。
「この国が天下となる“旗”です。」
さくらは理解した。
(都への戦は、
もはや剣だけでは足りない)
(形が要る)
◆◆評定締めの命
「さくら」
主君は言った。
「そなたは我が国の刃。
だがそれだけでは足りぬ」
「天下の象徴として――
旗を振れ」
その意味は:
戦場の先頭に立つ“存在そのもの”
を担え、ということ。
力ではなく“意味”になる役目。
さくらの胸が僅かに熱を帯びた。
(刃の形が、
変わりますね)
都への道が
はっきり見えた。
だがそこには、
都を支配する一族が待つ。
刃、策、器――
それらが生きるか死ぬかは
次の戦で決まる。
その戦は、
ただの戦ではなく――
天下を分ける戦。
◆◆都──かつての覇者の影が沈む地
都の空は灰色だった。
その周囲を囲む旧勢力は、
かつては天下を左右するほどの力があった一族。
今は――
名ばかりの牙。
三つの家筋が互いを疑い、
重臣は割れ、
若い当主は己の影に怯え、
都は荒れ、民は貧しさに沈んでいた。
城下の者たちは囁く。
「都を縛っているのは
守り手ではなく、
壊れてしまった覇者の残骸だ」
◆◆山城の評定──都解放の議
主君の前で猿が言う。
「都周辺の旧勢力は、
すでにその牙を失っております」
「しかし――
都を“人質”にしている」
それは国が国を支配するのではなく、
都が都を閉じ込めているような状態。
主君が問う。
「刃を振るうべきか」
猿は首を振らなかった。
ただ扇子で盤面を叩いた。
「はい」
「都は言葉では解けませぬ」
「開放されることを望みつつ、
自力では開けられぬ」
その扉をこじ開ける役を
求められる者――
殿の視線がさくらへ向いた。
「刃の出番だ」
◆◆さくらの覚悟
都周辺に向かう軍の先頭で
さくらは馬を進ませる。
風が冷たい。
民の視線が刺さる。
(この戦は……
ただ城や兵を斬る戦ではない)
(都という“心の牢”を
解く戦)
だからこそ、
刃で語らねばならない。
> 「開け」と命じる声ではなく
「開いてもいい」と言わせる力で。
◆◆旧勢力の本陣──敵の視点
本陣の重臣たちが怯えていた。
「南東の国が躍進している」
「鬼の女が刃を振るっているらしい」
若い当主は
狭い広間で震えていた。
「都を失うわけにはいかぬ……
父祖の面目が……」
だが重臣たちはもう、
その声に従えなかった。
「都の民が望んでいない。
都はもう我らのものではない」
「こちらが守る意味がなくなっている」
当主は怒鳴る。
「戦え!」
だが兵は動かない。
(戦は命じればできるものではない)
(人が望む戦でなければ
軍は死を恐れて逃げる)
◆◆戦端が開かれる
南の軍が迫る。
先頭に立つのは――
黒髪を揺らす女。
「鬼娘だ……」
「来た……」
都を囲む城外の兵が
槍を構える姿だけ取り繕う。
だが心はすでに折れている。
◆◆初撃──さくらの刃
城下の門近くで
当主側の兵が押し出されるように戦列を作った。
「前へ!出ろ!」
一人の隊長が無理に号令を叫ぶ。
その瞬間――
さくらは
馬を降り、
大太刀を肩に担いで歩きだした。
剣を抜く前に
兵の列は崩れた。
「無理だ……
戦えない……」
刃はまだ抜いてすらいないのに。
(これは戦ではない)
(服従の拒否)
さくらは静かに太刀を抜いた。
音はない。
一歩踏み込み、
一振り。
城門前の戦列が
見える形で裂けた。
死も痛みも描かず、
ただ列が崩れた。
兵たちは逃げた。
城門が揺らいだ。
◆◆門前での対峙
城の中から
若い当主が出てきた。
顔色は蒼白、
足は震えている。
「都は……
我らのものだ……」
声は震え、
誰も支えない。
さくらは刀を下ろしたまま言う。
「都は誰のものではありません」
「守る力がないなら
退きなさい」
当主は叫ぶ。
「父祖の名が……!」
さくらの声が
風に乗って届く。
> 「名は墓に背負わせるものではありません」
> 「名は未来を背負わせるものです」
その言葉は
刃でも矢でもなく
“理”として突き刺さった。
当主の膝が砕ける。
その瞬間、
城門が内側から開いた。
兵も民も声を上げた。
「終わりだ!
門を開けよ!」
◆◆都の門が開いた
無血ではないが、
血の濁流でもない。
解放。
その言葉が正しかった。
◆◆都の街──解放の風
軍が入城し、
民が頭を下げる。
「ようやく……
終わったのだな」
都を囲っていた重圧が
解けていく。
さくらは
都の風の中で目を細めた。
(刃を振るったのは
兵ではなく“こころ”だった)
◆◆山城の評定──主君の言葉
「都は解放された」
猿が続ける。
「これで我が国は
戦国の中心に座しました」
主君はさくらに向けて言った。
「そなたの刃は
城を開け、
都を解いた」
「次は――
都を治める刃となれ」
さくらは静かに頭を下げた。
(戦は続く)
(刃はまだ止まれない)
都は開いた。
だが支配することは
開くよりも難しい。
> 戦いは終わらず、
形を変えて始まる。
天下の枠組みが
ついにここから描かれ始めた。




