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◆◆戦後──評定


堅城が落ちたとの報が入った日、

評定の間は静かだった。


勝鬨の酒や歓声ではなく――


「次をどうするか」

その空気に満ちていた。


主君の言葉は短い。


「城は落ちた。

 だが戦は終わらぬ」


猿は膝をつき、扇子を閉じた。


「御意。

 城を得たということは、

 戦場が広がったというだけ」


やがて室内がざわつく。


主君が続ける。


「これより我らは、

 新たな幕に入る」


「国を治むる戦へ入るのだ」


重臣たちの顔に緊張が走る。



◆◆その後――

主君は猿とさくらだけを別室に呼んだ。


部屋は狭く、

薄明かりが落ちるだけ。


主君の声は

先ほどより低い。


「そなたらに

 改めて問う」


「この国を

 天下へ導けるか」


猿は即答しなかった。


数呼吸の間を置き、

深く頭を垂れた。


「刀と策と、

 その二つを束ねる器があれば」


主君が言葉を投げる。


「その器は誰だ」


猿の目が透明に光る。


「すでにおわします」


主君の手がわずかに動いた。


「余か」


猿は笑わない。


「然り。

 そして――」


扇子の先が静かに向けられる。


「その刃がここに」


さくら。


主君は

さくらの眼を覗く。


「戦を失うたびに

 そなたの刃は鈍っていったと聞く」


「その刃は

 天下を見据えた戦にも耐え得るか」


さくらの返答は

淡々としていた。


「私が鈍ったのは、

 仕えるべき器を見失ったからです」


主君の眼が細められる。


「今はどうか」


「この国には

 猿殿の策と、

 主君の器と、

 天下の気がある」


「私の刃は、

 そのために振るわれます」


短い沈黙。


主君は背を向け

障子越しの光を眺めた。


「余の国は

 小国にすぎん」


「だが、

 そなたらが揃った以上、

 天下を争わねばならぬ」


その声音には

覚悟が宿っていた。



◆◆別室を出た猿は

廊下でさくらに言う。


「さくら殿」


「あなたは刃だが、

 刃にして器でもある」


「天下を取るための国の形――

 刃の位置付けが変わりますぞ」


さくらは首を傾ける。


「刃は刃でしょう」


猿は微笑した。


「これまでは、

 戦を断つ刃」


「これからは、

 国を導く刃」


「そこが違う」



◆◆その頃――

敵国で逃げ散った軍師たちが

密かにこの国へ流れ込み、


山城を捨てた元大名と

その家臣は

落ちてゆく一方で、


この国には

異様な勢いと空気が

 渦巻き始めていた。


国境の砦に戻ったさくらは

静かに空を眺める。


> (この国は

 戦の国から

 天下の国になろうとしている)




> (刃の役割も変わる)




風が旗を震わせる。


次に来るのは――

将ではなく、

国同士の覇権争い。


猿は策を研ぎ、

主君は器を磨き、

さくらは刃を静かに

大太刀の鞘へ収めた。


まだ抜く時ではない。


だが――


> (次に抜く時、

 戦場はもう

 国境の砦ではありません)


> (天下の形そのものです)


さくらは

その匂いを

風の中に感じていた。



◆◆山城、主君の視座が変わる


山の上の堅城へ移った主君は、

かつての「防ぐための城」を

攻めるための城へ変えた。


硯の上には地図。

扇子の先が西を差す。


「都を目指す」


その言葉は軽くなかった。

都は象徴。

覇権の中心。


だが、

主君の視線は真っ直ぐ西に伸びてはいなかった。


扇子がふいに南へ折れる。


「まず、海を取る」


評定はざわついた。



◆◆猿の説明


猿が扇子を開き、

薄笑みのまま地図をなぞる。


「西の都へ打って出る道には

 巨大な城がございます」


「力で臨めば

 戦は長期化し、

 国は疲弊します」


扇子が南を指す。


「ですが、

 その大城の南には

 海沿いの国」


「塩と漁港と交易路で

 外貨を握り、

 兵糧も富も集まる国」


さくらは

猿の策を理解した。


(西へ向かう前に、

 裏から西を締めるのですね)



◆◆主君の言葉


「都を倒すには

 富と補給が要る」


「まず南を断つ」


猿は頭を下げる。


「南を落とせば、

 都の大城は

 飢えと疑心で崩れます」


重臣たちの顔が

次第に変わっていく。


(戦う国ではなく、

 統べる国になったのだ)



◆◆作戦の詳細が語られる間、

さくらは静かに聞いていた。


南の国――

海沿いの肥沃な土地。

交易で潤い、

金も塩も海産物も持つ。


だが、

兵は弱い。


金で雇った兵、

外部勢力との密通、

内部の豪族同士の対立――


攻めるには最適だ。



◆◆猿の囁き


評定が終わったあと、

猿が廊下でさくらに言う。


「南は、刀より心が崩れる国」


「戦場で刃を振るうのは

 あなたでしょうが――」


扇子でさくらの肩口を軽く叩く。


「その前に、

 あなたの匂いが

 “噂”になっているようですぞ」


城下の足軽たちが

噂を口にしていた。


「鬼娘が来るってか」

「刃で戦じゃなく匂いで崩すらしい」


さくらは苦く笑う。


(私の噂は

 ひとり歩きしますね)


猿は笑いながら小声で言った。


「噂は兵糧にも毒にもなる」


「使えばいいのです」



◆◆南征の準備


軍勢が整い、

兵糧が積まれ、

西の大城を避けるように

軍は南へ流れた。


夜の松明の列が

山から平野を下りていく。


その先に

塩の香りと潮風が待つ。



◆◆さくらの胸の内


(都を狙うのではなく、

 都を倒すために海を取る)


(この国は

 戦を知っているのではなく、

 天下のやり方を知り始めた)


猿の策が

国を変えていく。


さくらは馬上から

南の空を見ながら言った。


「海の匂いがしますね」


風が答える。


(戦の匂いもだ)



◆◆南の国の内情


南の国――

豪族の力が乱立し、

大名は名ばかり。


そして猿の調略で

すでに内部は揺らいでいる。


「金で雇われた兵は、

 もっといい国に移りたいと思うもの」


猿が言っていた。


(この戦も、

 刃だけで終わらない)



◆◆さくらの役目


砦が現れ、

海の香りが濃くなる。


猿が馬を寄せた。


「さくら殿」


「あの国にとって

 あなたは“災厄”です」


「ひと振りすれば

 士気は崩れる」


さくらは静かに大太刀を撫でた。


「猿殿の策が

 人の心を裂くなら――」


「私が裂くのは兵の意志です」


猿は満足げに笑う。


「まさにそれ」



◆◆海風が吹く


遠く、

敵の城が潮風の中に霞んだ。


波の音が重く、

戦の匂いが乗る。


さくらは

海の光を遠くに見据えた。


> (この戦は、

 刃の戦いで終わります)




> (そして――

 国が“富”を得て、

 天下が動く)




大太刀が

鞘の中で僅かに鳴った。


南征が始まる。

戦国の潮が、

この国の海へ流れ込んだ。

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