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評定の間――

地図が広げられ、

駒が置かれ、

武将たちの視線が戦の方角へ注がれる。


さくらは静かに座し、

その空気の厚さを味わっていた。


この国の評定は、

ただの軍議ではない。


器と器が測り合う場だ。


◆◆戦略の議題


標的は北方の堅城と名高い山城。

要衝を押さえれば

この国の版図は倍になる。


だが問題がある。


その前に置くべき“足掛かりの城”――

重臣に任せたが、

立て続けに失敗している。


築城地の確保から

人心の掌握、

敵の妨害工作、

すべてが絡んで瓦解した。


武将たちの顔には

悔しさと焦りが滲んでいる。


(焦りは悪い兆候ではない。

 ただ、ここで崩れれば国が止まる)



◆◆沈黙の中で

ふいに手が挙がった。


――猿。


その瞬間、

場にざわめきが走る。


「お前にできるはずがない」

「重臣ですら失敗したのだぞ」


声は嘲りでもあり、

恐れでもある。


だが猿は――

笑った。


「逆に申し上げれば、

 敵は油断しておりますな」


「“大身の者ほどまた失敗する”

 と思うておりましょう」


「だからこそ――」


軽い調子の裏に

冷徹な算段が潜む。


「某のような

 取るに足らぬ者が挑めば、

 敵は構えもせぬ」


さくらは

無意識に息を吐いた。


(見事な理)


(己が“小物である”という認識を

 利用している)


器ある者ほど、

己を大きく見られたいものだが――


猿は逆。


己が小さく見られていることを

 最大の武器へ変えた。



◆◆主君の目が

僅かに光る。


「猿――」


「そなたには策があるのだろう」


猿は膝を折り、

扇子を口元に当てた。


「ははっ。

 その通りでございます」


嘲笑していた者たちも

顔色を変える。


(策……?)


猿は言う。


「築城とは

 石と木材を積むだけの話ではござらん」


「“人を積む”話です」


主君の眉が動く。


「人を積む?」


猿は微笑む。


「人心の石垣が

 できていなかったのです」


「だから城は倒れた」


その言葉は

さくらの胸に落ちた。


(……本質を突いている)


築城は

戦略の象徴。


だが一部の人間は

それを“建築の話”としか捉えていなかった。


猿は違う。


城は権威の器、

 そこに人が帰属した時に立つ。


その理を

出自の低い者が理解している。


(やはりこの男は

 器が違います)



◆◆猿の秘策


猿は主君に向き直り、言った。


「某の策は

 敢えて人の眼に映らぬ力を使うこと」


「そして敵が『城など立たぬ』と確信した頃に

 一夜で“城を見せる”こと」


評定がざわついた。


「一夜で……?」


さくらだけが

猿の目の奥を見ていた。


(この男は嘘を言っていない)


(ただし――

 築くのは石塁ではない)


猿は扇を閉じ、


「この策、

 拙者と――」


視線が流れ、

さくらに触れた。


「さくら殿の刃があれば

 十の城を動かせますぞ」


ざわめきが

一瞬で変わる。


驚き、期待、恐怖。


主君は笑った。


「面白い」


「猿、そなたに命ずる」


「城を築け」


「そして、

 その刃を使いこなせるか――

 見せてみるがよい」


猿は深く頭を下げた。


「御意」


そして、

立ち上がりざまに

ちらりとさくらに言う。


「某と共にひとつ、

 国を動かしてみませぬか」


その声は軽いが――


その誘いを断れるほど

 この国は浅くない。


さくらは静かに頷いた。


(この国は、

 ただ戦うだけの場所ではありませんね)


(器が器を試し合う場所)


そして、

猿の秘策は――


戦国の常識を裏返す

予兆になっていた。


評定が散じたあと、

猿はさくらだけを呼び止めた。


扇子をぱちんと畳み、

声を潜める。


「さて――

 策の腹を覗かせましょうか」


◆◆猿の秘策の正体


川沿いに地図を広げ、

猿は指で水脈をなぞった。


「この川は

 ただの水運ではござらん」


「流れが緩い区間があり、

 幅が広く、

 そして深い」


扇子で指し示す。


「ここで部材を一気に組むのです」


さくらは眉を上げた。


「部材?」


猿はにやりと笑う。


「ええ、城の部品です」


「石と木を

 山で組ませ、

 半製品の状態で水に乗せ、

 上流から流す」


「そしてここで一気に

 “組み立てる”」


そこには

軍勢の城普請ではなく、


物流と心理戦を組み合わせた築城

が描かれていた。



◆◆さくらの反応


「……一夜城、ですか」


猿は首を振る。


「いやいや、

 一夜で『完成させたように見せる』城です」


「実際には

 人も資材も前もって動き、

 敵の眼に映る瞬間だけ

 奇跡を見せる」


(……この男、

 戦の外で戦う器もあるのですね)



◆◆だが猿の声が

少しだけ低くなる。


「問題はここです」


扇子が地図の一点を叩く。


「敵も馬鹿ではない」


「必ず、

 組み立ての最中に

 妨害を仕掛けます」


「渡河を阻む弓兵、

 資材を燃やす火攻め、

 策を聞きつけた刺客、

 あるいは夜襲」


扇子の先が

さくらを指す。


「その時――

 必要なのが、

 あなた」



◆◆猿の説明


「我らが組むのは

 ただの城ではござらん」


「“この国は常識を超える”と

 敵に思い知らせる城です」


「だから敵は

 これを潰そうと

 全てを注ぎ込んでくる」


猿の目が光る。


「その敵の殺到を、

 刃一つで黙らせる役」


「それがさくら殿」



◆◆さくらの沈黙


猿は

彼女が断らないことを知っている。


だが、さくらは

即答せず、

静かに戦場の匂いを嗅いだ。


(敵は必ず来る)


(資材に火を放とうと、

 攻め立てようと、

 城の完成そのものを恐れる)


(その乱れの中で

 私は刃として立つ)


それは

ただの防衛ではない。


――国の未来図を守る戦。


さくらは静かに言った。


「敵は

 どれほどの兵を送り込むでしょう」


猿は笑う。


「さくら殿が立つなら、

 数は関係ないでしょう?」


それは軽口ではなく、

事実を知る者の口調。



◆◆猿の本音


「城の部材より、

 あなたが要です」


「城が立つかどうかより、

 “さくらが守った城”が立つことが

 価値になるのです」


さくらは目を細めた。


(この男は……

 戦場と政治のどちらも分かっている)


(そして、

 私を駒ではなく

 “象徴”として扱っている)



◆◆さくらの返答


「敵が来るなら、

 来た分だけ斬り捨てましょう」


「猿殿の策に

 刃を添えます」


猿は深く一礼し、

扇子を広げた。


「では――

 国を一つずつ広げて参りましょうか」



◆◆風が吹いた


上流から流れる未完成の部材。

組み立てられる城。


その陰で、

猿は策を張り巡らせ、

さくらは血の風を嗅ぐ。


そして敵は――


その場を“潰さねばならない戦略点"

として攻め込んでくる。


戦が始まるのは

城が立つ時ではない。


城を立てる“瞬間”だ。


さくらの指が

大太刀の柄に触れる。


(戦とは、

 刃を振るう時だけではありません)


(刃の意味が変わる時――

 その瞬間が、一番濃い)


次の戦いは

城ではなく理をめぐるもの。


猿とさくらは、

その中心に立つ。

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