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――その夜。
屋敷の灯りが揺れ、
静かな風が障子を鳴らす。
さくらは刀を壁に立てかけ、
床に座った。
今日一日で、
この国の中心部を見た。
そして悟った。
> (初日から
二人の傑物を見たのですね)
主君は覇気と未来を見据える器。
猿は人の間合いと利を読む器。
どちらも
さくらがこれまで見てきた
「武将」の範疇に収まらない。
だが――
それはほんの一端でしかなかった。
◆◆翌日より
さくらは
配属先や武具検分のため
城内を歩いた。
そこで目にしたものは、
“偶然の傑物”ではなかった。
――この国には
規模の差あれど、
器を持つ者がごろごろしている。
侍とも、
平民とも、
出自は様々。
だが共通しているのは、
野心と知、
そして主君の器を嗅ぎ取る本能。
(……なるほど)
(器ある者ほど、
ここへ集うわけですね)
そうでなければ、
主君が“うつけ扱い”された
あの時期に
支えになれるはずがない。
噂は
理解できぬ者が流したのだ。
◆◆武具検査所
槍の名手と呼ばれる男が、
さくらの大太刀を撫でながら言う。
「これを使いこなす女が来たか……
面白くなる」
彼の眼には
恐れではなく、
競争欲がある。
◆◆兵站の副官
数字だらけの板を前に
人々が右往左往する中、
一人だけ静かに
戦線を動かす調整をする女がいた。
彼女は言った。
「あなたが誰でも良いのですよ。
この国の勢いを、
前へ動かせるなら」
その言葉は
理の気高さを宿していた。
◆◆鍛冶場
一介の鍛冶師が
鉄を打ちながら言う。
「この国は、
強い刃を持てる国だ」
「持つ者が正しければ、
国が変わる」
その目は
主君の未来を見ている。
鍛冶師という立場でありながら、
天下を語れるほどの重さがあった。
◆◆城下の会所
評定役たちが集まる場で、
耳を澄ませば
この国の諸将が
戦略を談じる声が聞こえる。
人の数だけ
未来が語られていた。
そこには
覇権の気迫があった。
(……武将だけではないのですね)
(この国は、
器を量る者の集まり)
片田舎の小国のはずが、
気配は大国未満の
**“未完の天下”**のよう。
いや、
さくらの直感は違った。
(これは、
器を持つ者たちが
主君のもとへ吸い寄せられ、
まだ形になる途中なのでしょう)
◆◆さくらの独白
> (それもそうか――)
> (主君の器を
見抜ける者がいたのなら、
その者自身が器を持っているに違いない)
器ある者は器に集う。
剣は剣を見つける。
(この国……
国とは呼びたくない)
(まだ芽の段階)
(だが、
ここが戦国を割る勢力になる)
風が障子を鳴らす。
さくらは
大太刀に触れながら
静かに呟いた。
> 「面白くなりますね」
この国は
ただの避難場所ではない。
刃が生まれる炉。
そして、
さくらの刃は
それに火を入れる
一本として
置かれたのだと理解していた。
◆◆その数日後
家の整えも終わり、
城の空気も掴み、
人の顔ぶれも見え始めた頃――
さくらに最初の役目が下された。
それは戦ではない。
領民の前に姿を見せることでもない。
**「稽古」**だった。
しかし相手が違う。
初日、さくらに纏わりついた猿が、
にやにやと笑いながら言った。
「さくら殿、
主君が御前稽古を望まれましたぞ」
「刃の重さを
この国の将たちにも見せようとの
御心かと」
その口調は軽いが、
内容は重い。
◆◆御前稽古の日
城の武場には、
武将・家臣・役人・軍監――
あらゆる“器を持つ者”が集まっていた。
噂の鬼娘が
どれほどの刃なのか。
そして、
それはどれほどの象徴となるのか。
その目は
好奇、侮り、期待、測定――
あらゆる視線の集合。
猿だけが、
笑いながら横に立つ。
「さくら殿、
今日からこの国は
あなたの力で一段進む日になりますぞ」
◆◆主君の玉座
主君は武場の高座に腰掛け、
静かに場を見渡す。
「刃が刃を見る時、
国の形がひとつ決まる」
その言葉に
武場の空気が張り詰めた。
◆◆試合相手の登場
現れたのは、
この国の“守りの象徴”と言われる男。
鎧は質朴、
目は濁らず、
背負う槍は長く鋭い。
人の気配が動く。
(国の柱が二つ、
ぶつかり合う)
◆◆試合が始まる。
槍が大太刀へ向かう。
速度は雷のよう。
しかし、
さくらは一歩も動かず、
ただ片手で大太刀を抜いた。
振りは――
槍が届く寸前。
だが槍が止まった。
止められたのではない。
槍の持ち主が止めた。
その男は
顔を汗で濡らしながら言う。
「その刃……
わしの槍では届かぬ」
ざわめきが起こる。
◆◆主君の声
「それでいい」
「戦は斬り合うだけではない。
刃は象徴である」
「そなたの存在が
他者の意志を乱せるのなら、
それはすでに“武力”だ」
さくらは静かに
大太刀を収めた。
◆◆その場の空気の変わり目
今まで侮りのあった眼が
尊敬へと変わる。
期待が
畏怖に変わる。
そして
その畏怖が、
国の形を整える力へ変化した。
◆◆主君が立ち上がる。
「この女を
我が国の刃として扱う」
「余の戦は、
今よりこの刃を前線に置いて進む」
その宣言は
国の方針であり――
戦国の未来図の提示だった。
◆◆猿が横で囁く。
「ほら言ったでしょう、
さくら殿」
「あなたの到来で、
この国は一段進みました」
「そして――」
その目が
鋭く光る。
「ここからが、
某の得の稼ぎどころでござる」
さくらは答えず、
ただ心の中で言う。
> (この国は動き始めましたね)
> (戦の匂いが、
ゆっくりと広がっていく)
――次の戦は、
小競り合いや勢力争いではない。
器を持つ者同士の、
天下を賭けた試し合いの始まりだった。




