表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

37/121

37

――確かに、

国同士の戦では

一人の刃は薄まる。


だがそれは

**“普通の一人”**の話だった。



◆◆戦場の中央


大太刀が振るわれた瞬間、

敵の槍列が――

形を失った。


百の槍も、

百の意志も、

その一振りの前で

一瞬だけだが沈む。


その沈みは

戦場全体に波及する。


前列の兵が息を呑む。

後列の兵が足を止める。

指揮官の声が遅れる。


千の戦であっても、

その千が支える意志が

たった一撃で揺らぐ。


それは戦で最も恐ろしい現象――


士気が“片側だけ”狂う瞬間。



◆◆若侍の視点


若侍は、

さくらの背を守りながら

その光景を見ていた。


敵軍の一角が、

わずか数秒だが

動きを止める。


(あの人の一太刀は……

まだ戦場を揺らす力がある)


彼は理解した。


いくら千対千でも、

その戦線の中心が

さくらのいる場所である限り、

均等にはならない。



◆◆敵軍側


将が叫ぶ。


「怯むな!

女だ!」


軍師が顔を歪める。


「女ではない。

……象徴だ」


(象徴が前線で振るわれるなら――

士気の差は埋まらぬ)


彼は悟った。


鬼娘を放置する限り、

戦は“数”では語れない。



◆◆殿の視点


丘の上で殿は

そのわずかな揺らぎを

確かに捉えていた。


扇を閉じ、


「……やはりか」


側近が問う。


「何をお気づきに?」


殿は言う。


「戦は千の規模になれど、

さくらはまだ“一国分の刃”だ」


扇の端で

風が裂ける。


「個が戦の総和を変える」


「これができる者は――

戦国で一握りだ」


家老が息を吞む。


(戦の単位が千でも、

一人が千の意志を狂わせるなら――)


(その一人は

“国”である)



◆◆さくらの内面


槍列を崩しながら、

さくらは悟った。


(確かに、

千の戦では

私の力は薄まる)


(けれど――)


手に握る大太刀が

軽く鳴る。


(それでも私は……

まだ戦を動かせる)


(まだ乱を起こせる)


(まだ、

“恐れ”を生み出せる)


それは誇りではない。


ただ、

力の“自覚”。



◆◆戦の象徴性


敵軍の将が

叫んだ。


「鬼娘を止めよ!」


その瞬間、

兵が密集し、

矢が集中し、

槍が向けられる。


しかし――


その指示が出た時点で、

敵軍は象徴を中心に

陣形を変えた。


つまり――

戦場の構造は

さくらを軸に回り始めた。


これは戦術上の敗北と同義。


軍師の声が震える。


「もう……手遅れだ……!」


(鬼娘が“前線の意味”になった)


(それができる者は

一人だけだ)



◆◆さくらの気づき


敵の攻勢が

自分一人に集中するのを見て、

彼女は理解した。


(……今の戦場は

私を中心に動いている)


(国の戦は群だが、

群を動かす点は

私の位置になる)


(この戦で、

私が死ねば国は崩れる)


(私が進めば、

国は前進する)


大太刀を固く握る。


(この戦は……

まだ私の戦)


(戦の単位が万になっても、

私の刃が意志を動かせるなら――)


(その時は、

もう国というより

“天下”の戦)



◆◆殿の結論


殿は扇を掲げた。


「見よ。

刃が国の形を持った瞬間だ」


側侍が震える声で答える。


「殿――

さくら殿はまだ……

一人で戦を揺らせる」


殿は笑う。


「だから、

この国は一歩進んだのだ」


扇が風を切る。


「戦の単位は

そなたの言う通り

千になった」


「やがて万になるだろう」


「だが――」


「その万を揺らす刃を

握っている者が

ここにいる」


遠くで黒髪が揺れる。


敵軍の士気が

じわりと偏っていく。


「……軍の戦になっても

“鬼”は鬼だ」


「国が大きくなればなるほど、

その存在は国の柱になる」


殿は笑った。


「さくらは

戦国の象徴ではなく――

戦国そのものになる。」



◆戦場はまだ収束しない。

千の兵は押し合い、叫び、死を選び合う。


だがその中央で、

黒髪の影が揺れるだけで

両軍の均衡が崩れる。


数が増えれば

力が薄まるはずだった。


それでも、

さくらという鬼の力は――

国の意思そのものを

揺らし続けていた。


――戦は、

数の力が形を決めるはずだった。


兵の密度、

槍衾の厚み、

指揮系統、

補給線、

陣の結び。


そこに“鬼娘”の一振りが

割り込める余地は

少ないはずだ。


だが、

戦場は紙の上の理では

動かなかった。



◆◆大太刀が振るわれる瞬間


さくらの刃は

横殴りの風のように走る。


その軌跡に触れた者は

鎧ごと肉が裂け、

数人が同時に

地へ崩れる。


その光景を味方が見た瞬間――


兵士の背に、

炎のようなものが灯る。


「鬼娘が前にいるぞ!!」 「押し返せ!」 「背中が守られている!」


味方の槍が伸び、

足が進む。


士気が、人の力ではなく――

“象徴の存在”で

立ち上がっていく。



◆◆敵軍の視点


敵の兵士は

その一振りを

近くで見てしまった者から

崩れ始める。


「な……一太刀で……!」


「離れろ! まともに受けるな!」


叫べば叫ぶほど、

恐怖が伝染する。


列が乱れ、

指揮が遅れ、

押し返す力が薄まり――


その隙を、千の兵が押す。



◆◆戦術の崩壊


数千と数千の戦いが、

最初は形を保っていた。


陣形が拮抗し、

前線が押し合い、

数で押し、数で支える――

そうしたはずだった。


だが、


大太刀が振るわれ、

敵の数人が飛ぶたびに、


戦場のどこかの列が

“ほんのわずか”遅れる。


その遅れが

味方の奮起で数倍返しになり、

その差が

他の列へ波及していく。


千の戦でも、

均衡は脆い。


千なら――

数人の崩れが

千の崩れに繋がる。



◆◆若侍の視点


さくらの背を守る若侍は

その現象を見ていた。


敵が数人斬られれば、

味方が十人進む。


味方が十人進めば、

敵が百人下がる。


(……戦が……

あの人の刃を中心に回っている)


若侍は

戦場の形が変わる瞬間を

体で理解していた。


(国同士の戦でも――

あの大太刀は

まだ“戦況を左右できる象徴”なんだ)



◆◆敵将の焦り


敵軍の将は叫ぶ。


「前線が崩れる!」 「再整列を急げ!」


軍師が歯噛みする。


「鬼娘の位置を変えねば

勝機はない……!」


だが、

いくらさくらを狙えと命じても――

彼女の周囲の兵たちが

自然に盾となり、

刃となり、

敵の攻勢を寄せつけない。


象徴を守る軍が

勝手に動いている。


それが

国の意思だった。



◆◆さくらの内面


大太刀を振るいながら、

さくらは気づいていた。


(……この戦、

私が勝たせているのではない)


(兵たちが

私に勝たせている)


大太刀がまた走り、

敵が裂ける。


味方が進む。


怒号と歓声が重なる。


(私の刃はもう、

個ではない)


(この軍の……

意志の核)



◆◆殿の観察


丘の上から見る殿は

気づいていた。


扇をわずかに揺らす。


「千と千の戦でも、

さくらは“軍を持っている”」


「兵は彼女の刃に

意志を預けている」


殿は笑った。


「これで地方を取れる」


「千でこれなら――

万でも揺らせる」


家老が息を呑む。


「……さくら殿は

戦の象徴だけでなく……

戦力そのものですな」


殿は頷く。


「戦国の女は

国の柱になる」


「鬼娘は――

国一つ分の軍勢を

刃一本に宿せる」



◆◆戦場が傾く


敵の中央が

ついにたわむ。


押し返そうにも、

士気が追いつかない。


さくらの刃が

振るわれるたびに

意志が折られ、


味方の兵士が

それを拾うように

前進する。


数千対数千の戦が

一振りごとに

数百ずつ偏っていく。


軍師が絶望的に呟く。


「たった一人で……

軍の意志まで持っていくか」


「……あれは……

戦の中心だ」



◆◆そして――


戦は決定的な瞬間を迎える。


敵軍の旗が

後退する。


中央が崩れる。


その崩れを

さくらが追うのではない。


味方の軍勢が追う。


彼女の刃が

意思として背を押し、

兵がそれを実行する。



◆◆結論


たとえ千対千の戦でも、

象徴の力は消えなかった。


いや――


千になったことで、

象徴の意味が

軍全体に拡散した。


さくらは

ただ斬っているのではない。


彼女が振れば

軍勢が進む。


彼女が止まれば

軍勢が息を吸う。


彼女が前へ出れば

国が前へ出る。


それは

戦国の最初の“軍神”の姿だった。


大太刀を振るうたびに

数人が倒れ、

数千の軍勢が前進する。


戦の単位が増え、

さくらの役割は

“個”から“国の意志”へ変わった。


そして、

この傾きは

地方を統べる戦の

序章にすぎなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ