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25.三位一体

――まず、

遠い国境の向こう。


雪解けを待たず、

異例の速度で軍議が開かれた。


◆敵国連合会談


長机の上には地図が並び、

蝋燭が冷たい光を落としている。


三つの国の使い、

四つ目の国の老臣、

そして逃げ延びた亡命者たち。


全員の顔に

共通するものがあった。


“敗北の記憶”。


老臣が口を開く。


「――鬼娘を

一国で相手にするのは愚策」


指が震えて

地図を押さえる。


「ならば我らは力を合わせ、

刃を封じねばならぬ」


若将が叫ぶ。


「封じるなど無理だ!

矢を掴み、

術を斬り、

陣を踏み破る女だぞ!」


だが別の国の軍師が答える。


「だからこそ、

国として封じるのだ」


亡命してきた陰陽師が

声を絞り出す。


「祈りと術は――

意味がありません」


ざわめきが走る。


「我々は、

戦を止めることができなかった」


「鬼娘は……

戦を止めさせない」


老臣は、

その言葉を受け止める。


「ならば、

戦を止めるのではなく――

戦を捨てた国に

戦を起こさせねばならぬ」


会議の空気が凍る。


誰かが呟く。


「……つまり、

大名を殺すのか?」


老臣は否定しない。


「国主を殺し、

指揮を奪い、

女を孤立させよ」


「鬼娘は刃。

だが刃は操る者がいてこそ戦う」


「大名を倒せば、

刃はただの災厄として

自壊するだろう」


軍師が地図に指を置く。


「それでもなお動くなら――

封じるのは女ではなく、

国そのものだ」


沈黙の後、

三国は同盟を結んだ。


“鬼娘封殺連合”。


標的は

女そのものではなく、

女を使う国。


戦は、

一人の力を巡って

地図全体を巻き込み始めた。



◆その頃、城


殿は文を見受け、

吐息で笑った。


「連合か」


家老が険しい顔で言う。


「殿……

三国が本気で鬼娘を封殺する策を

練っております」


殿は扇を開く。


「愚かだな」


「鬼娘を殺したいなら、

まずわしを殺せばいい」


側侍は凍る。


殿は続ける。


「だが――

それができぬのだろう」


殿は立ち上がり、

書院の障子を押し開く。


遠くに山が線のように連なっている。

その向こうに敵国がある。


「刃はわしのもとにある」


「殿たる者は

刃を持ってこそ殿だ」


扇が閉じられ、

殿は命じる。


「諸侯に触れを出せ」


「遠征軍を編制する」


「我が軍は戦を受けるのではない――

戦を進軍させる」


家老は声を震わせた。


「殿、

三国全てを敵に回すおつもりか」


殿は淡々と応じる。


「敵に回ったのは向こうだ」


「ならばこちらは――

敵国をまとめて飲む」


その野心は、

もはや領土ではなく、

戦の体系そのもの。


殿の目がわずかに細まる。


「女に刃を持たせたのではない」


「国に、新しい時代を持たせたのだ」


扇をひるがえし、

命が飛ぶ。


軍勢が動き出す。


戦支度が城中にうねり、

それはもう

軍の動きではなく――


時代の動き。


殿の影が長い。


その影の先に

女の影があり、

刃があり、

戦がある。


戦を流す国。

戦を封じたい国々。


その中心で、

黒髪の女が風を嗅いでいた。



---


――城の廊下は、

戦支度の音に満ちていた。


鎧の擦れる音、

旗が巻かれる音、

馬の嘶きの余韻。


だがその中心――

殿の間だけは、

静かだった。


扉が押し開かれる。


侍従がひざまずき、

頭を垂れる。


「――お入りください」


さくらが進む。


背の大太刀が

廊下の幅を侵す。


脇差の太刀は

腰に静かに鎮座している。


殿は座して、

視線だけを向けた。


誰も口を開かない。


風すら息を止めている。



侍従が巻物を捧げ持つ。


進軍命令――

三国を飲み込む遠征の触れ。


殿が扇を軽く動かすだけで、

侍従はその巻物を広げた。


「殿よりの言伝え――」


しかし殿は

侍従の声を遮った。


扇をひとつ打ち鳴らし、

さくらへ向けて言う。


「お前の刃は、

戦を切り拓くためにある」


その声音は

命令ではなかった。


ただの“事実”。


「進め」


それだけ。


さくらは一歩前へ出て、

殿を見た。


その目に躊躇いはない。

問いもない。

忠誠すらない。


ただ――

理解がある。


彼女は深く頭を垂れることも、

言葉を告げることもせず、


> 無言で頷いた。




扇が音を立てた。

その音は、

軍が動き出す鐘ではなく――

時代が回る音。


殿は目を細めた。


(刃は言葉を必要としない)


侍従と家老が息を飲んだまま、

その頷きを見守る。


それは、

忠誠の形でも、

軍令の受諾でもない。


“戦そのものが、

次の戦へ歩み出す合図”。


さくらが背を向ける。


黒髪が揺れ、

桃の香が殿の間を微かに満たす。


殿の喉がわずかに鳴った。

畏れからではない。


――愉悦。


「行け」


殿の声は、

遠い雷のように低く響いた。


さくらは振り返らない。


その背にあるのは、

大太刀と

人ではない静けさ。


扉が閉まる。

殿の間が再び沈黙する。


家老が呟く。


「……あの者は

命令を聞いているのではないのですね」


殿は笑う。


「刀は命令で動かぬ。

刃は――

戦があれば進む」


殿の影が長く伸びる。

その先に戦がある。


そして、

その影を塗り替えるのは

黒髪の女の影だった。


さくらは

もう廊下を抜けていた。


彼女の足音は、

軍の行進ではない。


戦が歩く音。

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