14.切り裂く大太刀
――鍛冶場は、
鉄と火の匂いで満ちていた。
炉の赤が呼吸するように膨らみ、
鉄が熱に震えている。
鍛冶はさくらの視線を受けながら、
問いを投げた。
「刀を求めると言ったが――
どのような刃を?」
さくらは迷わなかった。
「刀ではなく、太刀を」
鍛冶が片眉を上げる。
「太刀となると……
騎乗の用。
扱いは重い」
「その通りです」
さくらは、
炉の火を映す瞳で続ける。
「ですが――
私が求めるのは、
さらに太いもの」
鍛冶が一瞬、
静かになった。
「太刀よりも?」
「はい。
太刀ではなく――
大太刀」
鍛冶が息を吸う。
この城下でも、
大太刀を求める者は稀である。
それを女が言った。
「理由を」
炎の音を背に、
さくらは言う。
「私の剛力は、
この国の男に合わせた刃では
役に立ちません」
鍛冶はその言葉を、
虚勢でも誇示でもなく、
“単なる事実”として聞いた。
「長く、太く、幅広い刃が必要です。
重くなっても構いません。
それを振れない者は、
私ではありませんから」
炉の光が、
さくらの横顔を照らす。
その素朴な言い方が、
鍛冶の胸を打った。
(力のある者が、力に合う刃を求める……
本来、それが刀のあり方だ)
鍛冶は鉄塊を指差す。
「まず基を作る。
この鉄を、
あなたの望む大きさに鍛え上げる」
鉄槌が落ちる。
火花が弾き、
赤い符のような光が舞う。
さくらはその作業を見続けた。
鍛冶は汗に煙を混ぜながら
問いかける。
「重さはどうする?」
「重いほど良い」
鍛冶の手が止まる。
「振り続けられるか?」
さくらは静かに言った。
「――扱えなければ、
私ではありません」
その一言に、
鍛冶は鉄槌を強く握った。
(この者は……
刃を“武器”と思っていない)
“自分の身体の延長”として
求めている。
鍛冶は炉の中の鉄を掬い、
長さを測る。
「刃の長さは?」
「五尺を超えます」
若い弟子が息を飲む。
「そんな長さを片手で……」
さくらは弟子を一瞥した。
その視線は氷でも炎でもなく――
事実だけを映す眼。
「振れます」
弟子は言葉を失った。
鍛冶は考えながら頷く。
「鍛え方を変える必要がある。
刃文は荒く、
刃肉は厚く」
火が強く焚かれ、
鉄が柔らかく曲がる。
村や侍たちの戦後処理ではなく、
ここでは
“刃の戦”が行われていた。
さくらは、
その始まりをただ見ていた。
鍛冶が言う。
「この刃は……
あなたにしか振れん」
さくらは短く答える。
「それで構いません」
鍛冶は笑った。
「いや――
それが良い」
鉄槌が落ちる。
リズムが変わり、
炉が唸り、
金属が形になっていく。
さくらはその音を聞きながら、
自分の胸で静かな確信が育っていくのを感じていた。
(この刃は……
私を奪わない)
そして、
自分を補う。
戦で使うのは、
ただの鉄ではない。
戦を延ばす器。
火花が舞い上がり、
風が桃の香りを運んだ。
その香りは、
新しい刃の上に
薄く留まった。
――この大太刀は、
彼女の匂いを吸い、
血を飲むだろう。
鍛冶と戦士の静かな共同。
戦はまだ終わっていない。
その始まりが、
ここにある。
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――数日後。
鍛冶場の炉が静かに沈み、
鉄の赤が翳る頃、
二本の刃が姿を現した。
ひとつは、大太刀。
五尺を超える長さ、
幅広く、厚みもある。
通常なら二人で支え、
式典にしか使わないような巨大な刃。
もうひとつは――
脇差と呼ぶにはあまりに大きすぎる太刀。
腰に差すためのものだが、
他国の将が軍旗として掲げるほどの長さ。
鍛冶は火の息を吐き出しながら言った。
「どちらも……
振れる者は、あなた以外におらん」
さくらは返事をしない。
ただ、
大太刀の柄を取る。
その瞬間、
鉄と火が吸い込んだ空気が
刀身の線に沿って震えた。
重さは常人なら腰を砕くほど。
だが、
さくらは片手で引き抜いた。
風が一瞬止まり、
鍛冶と弟子たちが息を呑む。
(……持ち上げるどころか、
余裕がある?)
さくらはその刃を背へ回し、
ゆっくりと背に背負った。
長すぎる刃は、
人間ではなく、
戦そのものの象徴のようだった。
次に、
脇差――
いや、巨大な太刀を腰に差す。
二本合わせれば、
常人の身長を軽く超える質量。
だがその動作は、
帯の重みを整える仕草のように軽い。
鍛冶が低く呟く。
「……試斬だな」
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◆試斬場
藁胴が三体、
それぞれ厚く詰められて立っている。
さらにその後ろには、
甲冑を着せた木人。
刃筋が悪ければ、
刀が欠ける。
さくらは歩く。
風が後ろにゆっくりついてくる。
最初の藁胴の前に立ち、
脇差の巨大太刀を軽く抜いた。
その瞬間――
風圧が変わる。
鍛冶の目が細くなる。
(構えを取らない……
ただ刀を握るだけで
空気が切れる……)
さくらは言った。
「一太刀で十分です」
振り下ろした。
斬撃の音はなかった。
藁胴はそのまま
静かに二つに割れ、
上半分が時間差で崩れ落ちた。
刃筋が完璧すぎて
音が生まれない。
弟子が震えた。
(……これが“切る”じゃない。
分けるだ……)
次に甲冑付きの木人。
鉄の胸板が厚く響き、
並みの刀なら
刃が欠ける。
だが、
さくらは脇差を抜かず、
代わりに――
背の大太刀を取った。
その動作すら
静謐な儀式のようだった。
鍛冶が喉の奥で言う。
「片手で……?」
さくらは斜に構え、
一歩踏み込んだ。
振り下ろす――
いや、
落とすとも言えない。
“落ちている刃に身が従った”だけ。
ドス。
音が遅れて響く。
木人ごと甲冑が、
上と下に滑らかに割れた。
鉄が斬られ、
木芯が裂かれ、
裁ち落とされた断面が
鏡のように光っている。
さくらは刃を戻す。
その腕に、疲労はない。
鍛冶が深く息を吐く。
「……これを振れる者は、
お前しかいない」
さくらは小さく頷いた。
「だから、
これが必要なのです」
鍛冶は笑うでも泣くでもなく、
ただ満足した。
「この刃は、
あなたのために生まれた」
弟子が思わず言った。
「主が刀を使うのではなく……
刀が主を求めている……」
鍛冶は弟子の肩を軽く叩いた。
「違わない」
さくらは静かに背へ大太刀を回し、
腰の太刀を整えた。
火花と鉄の匂いが、
桃の香と混ざる。
その瞬間、
鍛冶はもう一つ悟った。
――この女は、
“刃の方が彼女に従う存在”だ。
彼女が選んだ刃が、
彼女を完成させる。
さくらは試斬場を離れながら、
微かに呟いた。
「……これで、
次の戦ができます」
その声は届いた。
鍛冶も弟子も、
背筋を伸ばした。
この女が振るう刃は――
戦の形を変えるだろう。
そして、
この刃たちは、
人を斬るためではなく
戦そのものを断つために作られた
と誰もが理解した。




