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東北の風が、

平野に降りてきていた。



殿は、巨城を囲むだけでは終わらせなかった。


城から見れば、

敵は一つであればまだ分かりやすい。


「落とすか、落ちるか」の話で済む。


だが殿は、

その「分かりやすさ」すら奪いにいった。


東北の諸勢力に、

同じ文が送られた。


 ――わしと共に城を囲むか。

  それとも、この城が落ちたあとに

  攻め滅ぼされるか、選べ。


短い文だった。


脅しというより、

事実の並べ方に近い。



北の山々では、

小さな評定がいくつも開かれていた。


雪深い谷。

風の強い岬。

川沿いの小国。


「殿の世、か」


「都も、西も、島も

 あの者の色に染まったと聞く」


「関東の平野に、

 あれだけの城がありながら」


「それでもなお、

 囲まれているのはこちら側だ」


「東北の山に籠もれば、

 逃げ切れると思うか」


「……思わんな」


沈黙のあと、

誰かがぽつりと呟く。


「ならば、

 選べるうちに選ぶしかあるまい」



やがて、

巨城を囲む陣の下に


続々と東北の軍勢が現れ始めた。


旗の色は揃っていない。

馬の毛並みも、鎧もばらばらだ。


それでも皆、

殿の陣に入る前に

一度だけ巨城を見上げた。


(あれが、

 わしらの「先に倒れるべき壁」か)


(あれのあとに、

 自分たちの番が来るのか)


そんな複雑な目。


殿の側から見れば、

味方の数が増えていく光景。


巨城の側から見れば、

周囲の地平が

どんどん「自分以外の天下」に

塗り替えられていく光景。



城の上でも、

ざわめきが起きていた。


物見が報告する。


「北の旗、幾本も」


「山の色、川の色、

 見覚えのある紋がいくつも」


「皆、殿の陣に入っていきます」


「我らの味方ではなく、

 我らを囲む側の列に」


城主は、

黙って外の景色を見た。


かつて自分のもとに

挨拶に来ていた小さな大名たち。


山の土産を持ち、

酒を酌み交わした男たち。


その旗が今、

自分の城を「外側」から見下ろす列に

加わっている。


(わしは、

 いつの間にここまで

 外になってしまったのだ)


心のどこかで、

静かな問いが生まれる。



殿の本陣では、

東北の代表たちを交えた評定が行われた。


雪焼けした顔。

粗い言葉。

だが、

その目は驚くほど現実をよく見ている。


「殿」


一人が言う。


「わしらは山に籠もることもできる」


「米を惜しまず蓄えれば、

 十年は戦えるやも知れぬ」


「だが、その十年のあいだに」


「都も、西も、南も、島も」


「すべて殿の世になっておるのでしょうな」


殿は、

否定しなかった。


「そうだろうな」


素直に言う。


「だからこそ、

 わしはこうして先に声をかけた」


「“今なら、共に囲む側に座れる”とな」



さくらは、

評定の隅でその会話を聞いていた。


東北の男たちの匂いは、

海とは違う冷たさを持っていた。


雪、

湿った木、

焚き火の煙。


彼らの軍勢が

次々と巨城の周囲に並び始めると、


包囲の輪は、

さらに厚く、重くなった。


もはや、

巨城から見える旗のほとんどが


「殿の世」か、

「殿の世に入ることを選んだ者たち」の旗になっていく。



城の中で、

ある老臣が呟いた。


「……この城を落とそうとしているのは」


「もしかすると

 あの殿ひとりではないのやもしれぬ」


「“天下”という名の

 流れそのものが」


「わしらを、

 ここに取り残しておる」


若い武士は、

まだ歯を食いしばっていた。


「出て討つべきです」


「北の奴らなど、

 かつては皆、我らの後ろを歩いていた」


老臣は首を振る。


「後ろを歩いていた者たちが、

 今は皆“前へ進む側”に立ったのだ」


「わしらだけが、

 この城の中で

 ただ立ち止まっている」



平野の風景は、

ゆっくりと変わっていく。


殿の軍。

西の兵。

東北の兵。


それぞれの陣が伸び、

市が増え、

道が繋がる。


巨城だけが、

季節が変わっても

同じ場所に、同じ形で

取り残され続けていた。


さくらは、

その姿を遠くから見つめながら


(残された敵は、あと一つ)


という言葉の重さを

改めて感じていた。


刃だけを交える戦ではない。

心と、時と、世の流れそのものを

相手にする戦。


その包囲の輪は、

東北の旗が加わったことで


さらに「天下」の色を

濃くしていった。

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