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島は、血で温まっていた。



軍勢の規模で言えば、

殿の軍が圧倒している。


陸で鍛えられた戦い方。

層をなして動く歩兵。

合図ひとつで形を変える列。


それでも、

島の男たちは引かなかった。


退かぬ、というより

退くという選択肢そのものが

どこか頭から抜け落ちているような戦い方だった。



彼らには、

彼ら独自の戦があった。


入り組んだ入り江。

急に切り立つ崖。

湿った森。

見通しの悪い野。


陸の教本には載らない場所から、

矢が飛び、石が落ち、

細い道に火が走る。


殿の軍が「線」で進もうとするたび、

島の男たちは「点」と「穴」で食いついてくる。


表から見れば、

押しているのは殿の軍。


だが、

その足元には絶えず

小さな噛み跡が増えていった。



その中で――

さくらは、あまりにも目立った。


強烈な桃のような女の匂い。


風が変わるたび、

その香りが戦場を撫でる。


艷やかな長い髪が

大太刀の軌道に沿って翻る。


鎧の上からでも分かる

しなやかな線。


そのすべてが、

「男よりも強い女」という

ありえない像に結びついていた。



島の兵たちにとって、

それは我慢ならぬ光景だった。


「俺たちより前にいる女」


「男を薙ぎ倒す女」


「海の向こうから来た、

 よそ者の鬼姫」


彼らは、

誇りを傷つけられたような感覚を

どうにも飲み込めなかった。


それは不快であり、

同時にどこか心地よくもある刺だ。



前線の塹壕で、

若い兵たちが囁き合う。


「見たか、

 あの大太刀の女」


「見たとも」


「笑ってやがった」


「いや、あれは……

 笑ってたか?」


「分からん」


分からないからこそ、

目が離せない。



当主の兄弟たちもまた、

戦の間に

彼女を何度も視界の端に捉えていた。


「面白い女だ」


刀二本の兄弟が、

刀の柄で肩口のかすり傷を叩きながら笑う。


「男どもより前に出て、

 あの匂いと、あの髪だ」


「標的にするなという方が無理だな」


槍を使う兄弟は、

黙ったまま頷く。


「精神の支柱でもあろう」


短く言う。


「陸から来た軍勢の“芯”だ」


「散らしても、

 あの女が立っている限り

 立て直される」


戦術としても、

討ち取りの価値は高い。



「誇り」と「理」が

同じ一点を指した。


それに、

もっと分かりやすいものもある。


強いものへの敬意。

憧れ。

そして、どうしようもない嫉妬。


「あれを討ち取った者は、

 島一番の名を得る」


誰かがぽつりと言い、

それはすぐに

多くの男たちの胸の中で

同じ形を取った。



さくらが前に出る。


桃の匂いが、

潮と血の匂いを押しのける。


それだけで、

島の兵の視線が集まる。


「あそこだ」


「鬼娘」


「海の鬼姫」


呼び名はいくつか生まれたが、

目が向かう先は一つだった。



彼女は、

自分が「標的」にされていることを

とっくに分かっていた。


前列の眼つきが違う。

矢の向きが偏る。

釣り野伏せりの輪の中で、

最初に収束する矛先が


いつも自分の立つあたりに向いている。


(いいですよ)


さくらは、

心のどこかで静かに思う。


(わたくし一人に

 殺意が集まるのなら)


(そのぶん、

 背中の者たちの首は

 少しだけ遠くなる)


理としても、

悪くない。



島の男たちにとって――

さくらは「討ち取りたい女」だった。


誇りを傷つけ、

憧れを刺し、


戦術的価値も高い。


それらすべてが

一つの方向にまとまるとき、


その感情は名を変える。


殺意。


ただの敵意でもなく、

ただの恐怖でもない。


「どうしても

 あれを倒さずには終われない」という

焦がれるような執着。



矢をつがえる手が増える。

狙撃の位置が変わる。

罠の置き方が変わる。


「鬼娘を通すな」


「鬼娘を崖に誘え」


「鬼娘の足を止めろ」


敵の号令の中に、

彼女を示す言葉が

確かな頻度で混じり始める。


その一つ一つが、

戦場の温度を少しずつ上げていく。



さくらは、

大太刀の柄に指を添えながら


(これは、

 殿の世とは別の“戦の顔”ですね)


と、ふと思った。


殿の軍が持ち込んだ秩序。

島が元から持っていた野性。


その二つがぶつかり合う境目で、


彼女自身が

「標的」として燃やされている。


(ここで折れれば、

 殿の軍の心も折れます)


(ここで折れなければ)


(彼らの心に、

 “届かなかった一太刀”が

 いつまでも刺さるでしょう)


それは、

彼女の大太刀が刻む傷と同じように


島の男たちの胸にも

一生消えない線になる。



西の島の戦は、

兵数だけでは語れないものに

変わり始めていた。


殿の軍と島の勢力。

陸の秩序と海の野性。


そして――

「男たちがどうしても討ち取りたい女」と、


それでもなお

一歩も引かぬ鬼娘との戦いが、


戦場そのものの形を

じわじわと変えていくのだった。

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