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上陸の日は、

風がやけに乾いていた。



小さな港町は、

すでに半ば焼け落ちていた。


黒く焦げた柱。

穴のあいた土塀。

波打ち際に打ち上げられた壊れた船。


助けを求めてきた国の兵たちが、

顔に煤をつけたまま

さくらたちの軍を出迎えた。


甲冑も、槍も、ばらばらだ。

それでもまだ、

目の奥に「諦めきれない何か」が残っている。


(よく持ちこたえていましたね)


さくらは、

心の中でだけそう呟いた。



丘の上に陣を張る。


少し離れた向こう側――

広い平地の先に、


島を統一しようとしている勢力が

堂々と陣を敷いていた。


驚くほど整っている。

旗の色は揃い、列も乱れない。


そして何より、

兵たちの足が一歩も引かない。


押し込まれても。

矢を浴びても。

前の列が倒れても、

次の列が踏み出してくる。


(勇いですね)


さくらは、

遠目に見て感心していた。


恐怖で足が止まる気配がない。



当主の兄弟たちが、

その前線を駆けていた。


一人は、

笑いながら兜を脱いで叫ぶ男。


「もっと前へ出ろ!」

自分が誰よりも前に出ている。


一人は、

黙々と馬を操り、

槍を振るう男。


一人は、

両手に刀を持ち、

血煙の中を踊るように動く男。


皆、

顔つきがよく似ている。


目の奥に、

「戦そのもの」を好む色があった。


(この島は、

 ああいう人たちの血で

 ここまで塗り替えられてきたのでしょう)


そのことが、

どこか納得できてしまうくらいには

彼らは勇猛だった。



味方となったこの国の兵たちは、

さくらの背中に集まるように立っていた。


「鬼娘が来た」


「本当に、あの噂の…」


声は震えているが、

それは恐怖だけではなかった。


沈みかけた船に

新しく打ち込まれた太い楔のように、

何かに縋ろうとする音。


さくらは、

振り返らない。


(殿の世から

 海の向こうへ伸びる刃)


(この場では、

 わたくしがその先端)


ただそれだけを意識する。



敵の鼓が変わった。


低く、

腹に響く音。


当主の兄弟たちが

前へ並び立つ。


先頭の男が、

こちらへ槍を突き上げた。


「海の向こうから来た者どもよ!」


声は、

風に乗ってはっきり届いた。


「ここは我らの島ぞ!」


「退く気がないなら――

 その首、波打ち際に並べてくれる!」


笑って言っている。

脅しではない。

純粋な宣言。


さくらは、

肩の大太刀にそっと手を添えた。


(いいですね)


(退く気がないのは、

 こちらも同じです)



殿の本陣からの使者が駆けて来る。


「さくら殿」


「ここから先は、

 あなたにお任せとのこと」


さくらは、

小さく頷いた。


「承りました」


「まずは――」


丘を下りる。

一歩ずつ。


地面が、

近づくたびに静かになる。


桃の匂いが、

風に混じって流れ始めた。


「この国が、

 今夜もまだ“国”として残るように」


それだけを心の真ん中に置いて、


鬼娘は、

西の島の勇猛な兵たちと

真正面から向かい合った。


最初の一太刀で、

空気が変わった。



さくらが一歩踏み出すたびに、

前列がまとめてはじけ飛ぶ。


大太刀は、

振り上げられているようでいて

実際にはほとんど「落ちて」いない。


すっと肩から滑り落ちるだけ。

刃先が、

兵の槍と甲冑の隙間をなぞるように通る。


それなのに、

列は裂け、

兵たちは足を止める。


(斬られた、というより)


(“通られた”)


そんな顔をしていた。



島の勇猛な兵たちは、

最初は笑っていた。


「おお、あれが鬼娘か」


「面白い!」


槍を鳴らし、

刀を掲げて前へ出る。


一人が突き、

一人が薙ぎ、

一人が叫ぶ。


だが、

十合、二十合と打ち合うにつれ


笑い声より先に

息を呑む音が増えていった。



大太刀は、

決して「重さ」を誇示しない。


軽く見える。

しなやかだ。


しかし、

触れたものはみな


槍なら軌道を折られ、

刀なら根元ごと逸らされる。


「怪力」ではない。


「武」だった。


島の兵たちが

これまで自分たちの当たり前として

積み上げてきた強さを


一つ一つ、

別の形に組み替えて見せられる感覚。



当主の兄弟の一人が、

前に出た。


両手に刀。

目は笑っている。


「よくやる!」


「もう少し見せてみい!」


叫びながら突っ込んだ。


さくらは、

その声に応じるように一歩進む。


交差する刃。

火花。


兄弟の肩口に、

いつの間にか線が走っていた。


深くはない。

血もすぐには溢れない。


だが、

刀をもう一度振ろうとして

初めて気づく種類の傷。


(届いていた)


彼は、

ほんの瞬きほどのあいだ

目を見開き、


次の瞬間には笑っていた。


「――こいつは、たまらん!」


しかし、その笑いが

後列に伝わる前に


周囲の兵たちの足が

ほんの少しだけ鈍っていた。



(動揺)


さくらは、

それを嗅ぎ取る。


血の匂いの中に混じる

ごく微かな「迷い」の匂い。


(彼らも、

 初めて見ましたね)


(自分たちの“上”)


島を駆け回り、

戦を重ね、

どこへ行っても前に出続けた男たち。


その背を見て育った兵たち。


その「上」が、

今ここに立っている。


それは、

勇猛な者ほど心を揺らす。



その瞬間を、

殿の軍は逃さなかった。


丘の上――

後方で待機していた大軍勢が


一斉に旗を翻した。


合図の太鼓が鳴る。


低く、

地面を震わせるような連打。


「――行けッ!」


殿の側近が叫び、

歩兵の列が崩れずに前へ走り出す。


盾代わりの槍の列。

その後ろに続く鉄砲。

さらに後ろに、

予備兵が層を成す。


陸で何度も繰り返された

「殿の軍」の形が、


海を渡ったこの島でも

寸分違わず再現されていた。



さくらの前で、

一瞬たじろいだ島の兵たちの列。


そこへ、

殿の軍が斜めから突き込んでいく。


鬼娘の大太刀が

正面の軸を割り、


そこへ大軍勢の楔が

横から打ち込まれる。


島の兵たちの足が、

初めて「下がった」。


押されて、ではない。

自分の意思で半歩退いた。


半歩。

そのわずかな退きが、


これまで一歩も退かなかった

彼らの「誇り」に

ひびを入れる。



さくらは振り返らない。


背後で上がる味方の鬨の声。

足音の重み。

鉄の擦れる音。


(殿の軍)


(いつもの形)


(でも、

 ここは海の向こうです)


彼女は、

ただ前を見据えたまま


大太刀の位置を

少しだけ下げた。


これ以上「武」を見せすぎれば、

ただの蹂躙になる。


恐怖しか残らない戦は、

殿の望む戦ではない。


(退きどきと、

 追いどき)


(ここから先は、

 殿の軍の仕事です)


さくらは、

その境目を静かに見極めながら


西の島の勇猛な兵たちが

初めて「揺れる」瞬間を、


確かに切り開いていた。

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