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6.英雄

 

 先の戦争は三年間続いた。

 隣国からの侵略戦争だ。

 隣国との関係の雲行きが怪しくなってきたのが戦争が始まる二年前。

 その頃から、この国では軍事力を強化する動きが高まってきていた。

 そのため、新たに軍の部隊の募集があり、学生だったマリウスは学園から軍の養成所へと移ることにした。

 マリウスは軍の養成所の中ではまずまずの成績だった。

 体力はあるが剣技はそこそこの腕前。だが、相手の意図を読んで隙をつくのは上手かった。

 長年の賜物だろう。

 学園とは違う、ある程度の緊張感の中での訓練は厳しかったが、身のあるものでもあった。


 そして、戦争が始まった。

 マリウスは前戦への配属を希望した。

 国のためになれるなら、とそう言って志願したが、本当のところは生きながらえたいほどの理由がなかったからというだけ。

 前戦は人の入れ替わりが激しい。

 戦死する者。移動を希望する者。逃げ出す者。色々だ。

 そんな中、悪運の強かったマリウスは生き残り続け、前線で戦い続けた。

 そのうち、三年の間に一兵から役職を持つことになり、気づけば分隊の隊長にまでなっていた。

 そして、その隊が敵国の大将を打ち倒すことになり、そのとどめを指したのがマリウスだった。


 混戦の中、誰がとどめを指してもおかしくない状況だった。

 たまたまタイミングが重なっただけのこと。それだけだった。


 同時期に軍に入隊し、マリウスよりも剣技の優れた者がいた。

 その者は何人もの敵を切り倒し仲間を救ってきたが、最期は敵の放った流れ矢に当たって絶命した。

 マリウスの先輩で指揮能力が高く、隊を率いていくつもの敵の隊を殲滅させた者がいた。

 その者は何の作戦もないような敵とのぶつかり合いの末、後ろから刺されて死んだ。

 他にも何人も何人も、実力とは関係のないところでの死が戦場には溢れていた。

 生き残ったのは運でしかないのだ。

 マリウスの最後の一太刀が決定的なものとなり、勝利の上での終戦となったがそれも運でしかない。


 しかし、周囲の人々はそれを運としなかった。

 長かった戦争の勝利を分かりやすい形で示したかったのだろう。

 戦争を終わらせた英雄として、マリウスを担ぎ上げた。

 喜びを、感謝を向ける対象を作り上げた。

 マリウスはその流れに逆らうことができず、求められる英雄としての自身を示し続けた。

 終戦からしばらくは英雄への関心が高かったが、次第に人々は自分たちの生活へと関心を移していった。

 今は大分落ち着いてきてはいるが、ことあるごとに英雄の話を持ち出してくる者はいる。

 マリウスはそれに疲れてしまっている。


 そんな話をマリウスはエリーセに淡々と話した。

 マリウスがずっと感じていたこのことを誰かに話したのは初めてだった。

 驚いただろうか。軽蔑しただろうか。

 仮にも英雄と呼ばれる男がこんなことを考えているなんて、情けないとは思われているだろう。

 マリウスは、もう今日は失敗の日だと割り切っていたので、エリーセからの言葉にも怯えていないつもりではあったが、それでも身を固くして彼女の反応を待っていた。


「マリウス様は真面目で優しい方なんですね」


 ふっと微笑んだエリーセから出てきた言葉は、そんな思ってもいなかったものだった。


「真面目で優しい?そんな訳があるはずがない。今の話を聞いていなかったのか?」


「いいえ、ちゃんと聞いていました。聞いた上でそう思ったんです」


 驚きと疑いの視線を向けるマリウスにエリーセは真っ直ぐに視線を返した。

 その瞳には強い意志が込められているように感じた。

 マリウスはそれ以上エリーセに反論することなく、彼女の言葉の続きを聞いた。


「マリウス様は運だけで英雄になったと言いましたが、したことは事実なのですからそのまま自分の手柄だと思ってしまえばいいのに。そうしないのはすごく真面目だから。それに、周りの人が戦争から立ち直るには英雄という象徴が必要だから本当は望んでいないのに、自分がその役割をしようと頑張っている。優しい人じゃないですか」


「そんな……そんなのは良いように解釈しているだけだよ。俺は誰もが憧れ、その存在となることを光栄なことだと思うような英雄になりたくなかったというような身勝手な人間なんだから」


「それって、身勝手なんでしょうか?」


「え?」


 エリーセはまた、マリウスが思ってもいなかった疑問を口にするので思わず声を上げた。

 彼女は心底不思議そうな表情をして言葉を続けた。


「ダンサーになりたい人がいます。料理人になりたい人がいます。でも反対になりたくない人もきっといるでしょう。それと同じです。英雄になりたいか、なりたくないかも人それぞれ。ただ、それだけです」


 人それぞれ。

 そんなこと考えたこともなかった。

 誰もが憧れ、目指すような英雄という存在になりたくなかったと思うような自分は人としてどこかおかしいのだとずっと思っていた。

 周囲の人々がマリウスを英雄だというたびに自分には相応しくないと罪悪感があった。

 ずっと心が重かった。


 けれど、エリーセの言葉を聞いた時、スッとつき物が落ちたような気がした。

 心が軽くなった気がした。

 事実として英雄になっただけ。

 英雄になりたくない人間もいていい。

 そう思うだけで良かったのだ。


「……それだけのことだったのか」


「はい、それだけです。あとは頑張ったことは事実なんですから、自分を認めてあげてくださいね」


 ふっと漏れたマリウスの呟きに、エリーセは真っ直ぐに頷いてくれた。

 その言葉に根拠は何もない。

 けれど何故だろうか。

 心に染み込むような大きな安心感があった。



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