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幕間1.花屋と読書家の男

 

 王都から離れたとあるのどかな街。

 この街は先の戦争でも大きな被害を受けることなく過ごすことができていた。

 それでも、戦争中は街の人々は皆、気の休まることはなかった。

 無事に戦争が終わってくれますようにと日々願っていた。

 だから、戦争の勝利の知らせを聞いて心から安堵し、歓喜した。

 そして、その戦争を終わらせた英雄にも深く感謝し、畏敬の念を抱いていた。


 同じ国ではあるが、どこか遠い存在、雲の上のような人物。

 この街で生まれ、家業の花屋を何となく継いだ花屋の男は英雄のことをそんな風に感じていた。

 花屋の仕事を本格的にやり出してからある程度の経験を得て、仕事を問題なくこなせるようになっていた。

 今は必要最低限の業務をこなしながら何となく日々を過ごしている。

 そんな英雄とは雲泥の差の生活。

 花屋の男はこんな自分と英雄が関わることなんて一生ないのだろうなと思っていた。

 その日も、やる気の出ない雑務をこなしながら店番をしていた。

 そんな時に、店に入ってきた客から声が掛かった。


「すみません。花束を購入したいのですが」


「いらっしゃいませ。どうぞご自由にご覧になってお好きな花を選んでください」


 愛想よく、定型文を口にする。

 いつも通り接客用の言葉をかけつつ、花屋の男はあらためて来店した客を見た。

 服に隠れていても分かる鍛えられた体に、堂々とした姿勢。

 それでいて相手を威圧せずに、丁寧に接する。

 誰もが見惚れるような格好の良い人だなという印象を受けた。

 この街にこんな人がいたのか……と思いかけ、先日耳にした噂を思い出した。

 この街に、あの英雄が来ているという噂だ。


 英雄の凱旋パレードは終わった。

 この街に来るような予定もなかった。

 とすると、英雄は個人的にこの街を訪れ、滞在しているということだろう。

 少しくすんだ金髪に深い藍色の瞳。

 やはり、今店にいるこの客は英雄だと思われた。


 こういう時って話しかけて良いのだろうかと思って内心興奮していた花屋の男だったが、花屋のそんな様子に気も留めずに英雄は真剣な表情で花を選んでいた。

 声を掛けるのも気がはばかられ、英雄はどんな花を選ぶのだろうかと気付かれない程度に様子を伺っていたところ、彼は一般的なありふれた黄色の花を選んだ。

 この街には多くの場所で自然にも咲いている花ではあるが、住民が手に入れやすいように店にも一応置いているような花だった。


「この花、好きなんですか?」


 花屋は思わず英雄にそう聞いていた。

 何となく、その花を見つけた時の彼の表情が柔らかいものになっていたような気がしたから。

 しかし、英雄は意外なことを聞かれたというように、少し驚いていたようだった。


「この花は何となく見覚えがあるような気がして手に取ったんです。花にはあまり詳しくないもので。包んでいただくことはできますか?」


 知らないことを少し恥じるようにはにかんだ英雄は、黄色い花を丁寧に扱って花屋に差し出した。

 少し前までは剣を握っていたであろうその手は力強いのだろうが、粗暴なところは全くなく小さいものや弱いものはきっと優しく扱うような人なんだろう。

 少ししか接してはいないが、噂話では伝わっていない彼の一面を知り、花屋にとって英雄はさらに憧れの存在となっていた。

 そんな英雄を前にしてはいるが、花屋の男は仕事を全うし、彼の希望通りシンプルに花を包むとご来店ありがとうございましたと見送った。


 その日の夜、花屋の男は家族に英雄が来店したことを興奮気味に話した。

 花の仕入れで店を不在にしていた父親に英雄と話したことを自慢したい気持ちがあった。


「ちゃんと接客はできたのか?」


「いつも通り、きちんと花を包んで渡したよ」


「そうじゃなくて、ちゃんとお客さんの要望を聞いて花選びを手伝えたのかどうかってことだ」


 花屋の男は気分よく話していたのに、父親のその言葉を聞いてまたかとげんなりした気持ちになった。

 男は花なんて客が好きなように選べば良いと思っているが、父親はいちいち口を出すことが良いと思っている。

 確かに、それを求めている客はいるとは思うが不要な人もいるし、だったら全員放っておけば良いだろう。面倒くさいし。

 花屋の男はそう考えて普段から決まったこと以外、客に話しかけることはなかった。


 ……まあ、客に話しかけない理由はそれだけではないのだが。

 花屋の男は仕事をこなすのに問題ない程度の知識はあったが、父親には到底及ばない。

 だから、客に勧めるべき花もいまいち分からないから話しかけないというのが本音でもあった。

 知識を得られるように努力すれば良いのだろうが、男には勤勉さがなかった。

 すぐに怠けようとしてしまう。

 心のどこかでは、本当は父親のようになれたら良いのにとは思っているが、行動にはつながらなかった。


 父親の小言はまだ続いている。

 こんなことなら、話さなければ良かったとうんざりした気持ちだった。


 父親には面倒なことを言われたが、やはり英雄を接客したことは花屋の男にとって気分の上がるようなことだった。

 そんな浮き足だった気持ちもまだ残った数日後の休日、花屋の男は英雄に会ったこともあり、久しぶりに冒険小説でも読もうと図書館を訪れていた。

 この街の図書館は国民であれば誰でも利用出来て蔵書も多いが、本を読もうと思う人は少ないのかいつもがらんとしていた。

 しかし、この日はいつもよりも人が多かった。

 いつもはまばらに人がいる程度での閲覧席が八割ほど埋まっていて、皆熱心に読書している。

 その中でもことさら集中している人物に目を向けると、そこには英雄の彼がいた。


 花の本、子供の遊びの本、虫の本などないように統一性はないが、そういった本を熱心に読んでいた。

 それにつられてか、周りの人間もいつもより長く本を読んでいるようだった。


 花屋の男は目当ての本を借りてすぐに帰ろうと思っていたが、普段は選ばない植物に関係する書籍を手に取ると英雄から少し離れた席に座った。

 集中している英雄を邪魔しないように話しかけたりはしないが、彼を感じられる席で本を開いた。

 頑張っている人を見ると自分も頑張ろうと思える。

 今日、図書館に来た人たちはきっと皆、同じような気持ちで本を読んでいるのだろう。


(俺も少しずつ頑張ってみようかな……)


 そんなことを思いながら、花屋の男はその日は暗くなるまで図書館で本を捲り続けていた。



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