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2.二度目のはじめまして

 

 マリウスはあの少女と出会った日から悶々とした数日を過ごしていた。

 だが、まだ今回の目的である墓参りができていないため、気を持ち直して再びあの丘を訪れることにした。


 今度は事前に調べた弔いの花を手に彼の墓を目指した。

 しかし、万全の準備で歩き出したその足は、墓に着く前に止まりそうになった。

 また、あの少女がいたのだ。

 それでも急に足を止めるのも不自然だし、別の道もない。

 マリウスは前回の失言と行動を思い出して、身を固くしてその横を通り過ぎようとした。


「お兄さん、こんにちは!この丘の上には何もないけど、お花を持ってどこへ行くの?」


 つい少女の方を見てしまったマリウスと目の合った彼女は、屈託のない笑顔でマリウスに話しかけた。

 少女の言葉には聞き覚えがあった。

 あの日あの時、少女に出会った時の言葉と同じものだ。

 だが、少女は皮肉を込めて同じ言葉を言っている様子はなく、ただマリウスに話しかけたようだった。

 まるで初めて会ったみたいに。


 マリウスはそのことに違和感を覚えるが、少女が何か嘘をついているようにも騙そうとしているようにも見えない。

 もしかしたら、前回の少女とはよく似た他人なのかもしれない。

 それか、前回起こったと思っていたことは夢で、それが正夢となって今、現実に起こっているのかもしれない。

 そんなことを混乱した頭で考えつつも、マリウスはこれはチャンスだと思った。

 前回失敗したことをやり直せるのではないかと。


「はじめまして、親切なお嬢さん」


 “はじめまして”の言葉を緊張しながら口にするも、少女は少しの訝しむ様子を見せなかった。


「この丘の上には知り合いの墓があると聞いてきたんだ。俺が場所を勘違いしたかもしれないな。せっかく来たから丘の上まで登ってみることにするよ」


 前回もこの返答は正しかったはずだ。

 同じ言葉を今回も選んだ。


「そうね。お花の中を歩くだけでも楽しいものね。私もよくここに来てお花で遊んでいるの。可愛いでしょ」


「うん、上手だね。素敵だよ」


 少女の方も、前回と全く同じ言葉を返してきた。

 ここまではいい。問題はここからだ。

 マリウスは内心酷く緊張し身構えていたが、態度には出さないように努力した。


「この花かんむりは私のお兄ちゃんにあげるつもりなの。一生大切にしてねって言うのよ」


 やはり、前回と全く同じ話の流れ。

 マリウスはずっとああ言えば良かったと考えていた言葉を口にした。


「そうか。可愛い妹からの贈り物を貰えたら君のお兄さんもきっと嬉しいだろうね。花はそのままだと枯れてしまうから、長く残せるような加工方法を大人に聞いてみるといいよ」


 心臓が痛いくらいに跳ねている。

 それでも声は震えずに済んだと思う。

 柔らかい笑みを意識して顔面に貼り付けて、マリウスは少女の返答を祈る気持ちで待った。


「うん!お兄ちゃんは私がプレゼントをあげるといつも喜んでくれるの!お花を残せる方法があるなんて知らなかった。お家に帰ったら聞いてみるわ。お兄さん物知りね」


 ぱっと花が咲いたような満面の笑みで嬉しそうに少女はそう口にした。

 今回の言葉の選択は正しかったようだ。

 少女の様子にマリウスはほっと胸を撫で下ろした。


「たまたま知っていただけだよ。じゃあ、そろそろ俺は行くよ」


 本当はたまたまなどではなく、前回のことがあってからどう言うべきだったか考えてわざわざ調べたことではあるのだけれど。

 しかし、言う必要はない。

 何はともあれ、今回は上手く行った。

 これ以上はまた失敗しないように、余計なことを言ってしまう前にその場を立ち去ろうとした。


「きゃっ!?」


 だが、マリウスが歩き出す前に少女が声を上げて花かんむりを取り落とした。

 みると、蜂が近くまで飛んできている。

 こんなところまで同じとは。


「静かに。落ち着いて動かないで。大丈夫だから」


 マリウスは少女を背にかばい、人差し指を口に当てて囁くと身を低くするように指示して、じっと蜂を見守った。

 少しすると、花から花粉や蜜を取り終わった蜂はマリウス達を気にすることなく飛び去っていった。


「怖かっただろう。もう大丈夫だ。蜂も食事をしに来ているだけだから、刺激をしなければ襲われることもない。もし次に一人の時に蜂に出くわしてしまっても、今みたいに冷静にじっとしていれば問題ないよ」


 マリウスがそう言って笑いかけながら、少女に落ちた花かんむりを手渡した。

 花かんむりを受け取った少女の表情は、緊張して表情が硬くなっていたものから安心した柔らかいものに変わっていった。


「お兄さんがいてくれたから、全然怖くなかったよ。やっぱりお兄さんって物知りね」


 やはり蜂のこともあの時のことがあって事前に調べていたものだったので、マリウスは曖昧に笑った。

 蜂が戻ってくる気配もないため、今度こそ、それじゃあとマリウスは丘の上へと歩き出した。


「またね!」


 丘を登るマリウスにそう声をかけて、姿が見えなくなるまで少女は手を降ってくれていた。

 少女からしばらく離れたところで、マリウスの歩調は軽く速くなり、ついには走り出していた。


 やった。やり直せた。上手くできた。

 奇跡みたいだ。

 前回とほとんど同じことが起こった。

 だが、前回とは全く反対の結果となった。

 失言したことや失敗した行動を忘れて欲しい。

 そして、それをやり直す手段があれば良いのに。

 いつもそんな無駄なことを考えていた。

 そんなこと叶うはずないのに。


 それなのに、今回は望んでいた通りのことが起こった。

 そして、最高の結果となった。

 マリウスはそのことが心の底から嬉しくて、息が切れて倒れ込むまでがむしゃらに走ったのだった。



 ***



 その後、無事に辿り着いた丘の上には、聞いていた通り友人の墓があった。

 やはり、少女の方が勘違いしていたようだ。

 当初の目的であった墓参りも果たすことができ、マリウスは満足して宿に帰ってきた。


 しかし、冷静になってもう一度今日あったことを思い直した。

 昼間は動揺して深く考えられていなかったが、前回のことが夢でないことは確かだ。

 だが、少女はまるでマリウスとは初めてあったというような反応をしていた。

 だとしたら、よく似た別人、もしくは双子である可能性も高そうだ。

 双子であれば考え方が似ていることもあるだろうし、同じような会話になることもあるだろう。


 そんな風にあれこれと考えはしたが、想像の域を出ない。

 それなら確かめることにしようと、マリウスは普段はない積極性を発揮した。

 マリウス自身も気がついていなかったが、心の底であの少女にまた会いたいと思ってしまっていたから。

 だから、そんな行動を取ろうと思っていた。


 次の日、マリウスはまた花を持ってあの丘へと出かけた。

 根拠はないが、なんとなくあの丘にあの少女がまたいるだろうという確信があった。

 そしてやはり、少女はその場所で花かんむりを作っていた。


「はじめまして、お嬢さん。素敵な花かんむりだね」


 今日の少女を目にした時、直感的にそう声をかけるの正しいと思った。

 三度目のはじめまして。

 少女は急に声をかけられたことに驚きつつも、その言葉自体に違和感はないようだった。


「はじめまして、お兄さん。ありがとう、上手にできてるでしょ。私のお兄ちゃんにあげるつもりなの。一生大切にしてねって言うのよ」


「それはいいね。きっと君のお兄さんも喜ぶだろう。俺にも兄が二人いるんだけど、贈り物なんてほとんどしたことがない。君を見習わないとな。あげるのはお兄さんだけなのか?他には兄弟とかはいないのかい?」


 ユリウスは何気ない会話の中に、聞きたい情報を引き出すような質問を入れ込んだ。

 とても自然に。

 マリウスはもう、少女と話す時に気負うことも緊張することもなくなっていた。

 むしろ、会話をすることが心地良いと感じていた。


「いないわ。たった一人の大切なお兄ちゃんなの」


 兄の他に兄弟はいない。

 ということは、生き別れの兄弟でもいない限り双子という説はないだろう。

 マリウスは知りたかった情報を一つ得られたことに満足した。

 結局、真相はまだ分かっていないが、今日のところはこれで良い。

 マリウスは探るような会話をやめ、少女自身に向き直った。


「そうか。それならよくできたものをあげないとな。こんな風にすると、もっとよくなるんじゃないか?」


 そう言うと、マリウスは持っていた花束の花をいくつか抜き出して、少女に許可を得てから花かんむりに足した。

 今回マリウスが花を持ってきたのは墓に手向けるためではなくて、この時のためだった。

 色とりどりで豊かになった花かんむりはさらに見栄えが良くなっていた。


「とっても素敵ね!三日後にお兄ちゃんが帰ってくるのが楽しみだわ!」


「君の満足いくものができて良かったよ」


「うん!……あ!そうだわ。お兄ちゃんへのプレゼントって分かるように書いておかないと」


 花かんむりの出来栄えを見て嬉しそうな少女は、おもむろにメッセージカードを取り出し、名前を書き出した。


 “ヘルハルト・リーフェット様へ

 エリーセ・リーフェットより“


 マリウスは何気なく少女の手が文字を綴るのを眺めていた。

 だが、その名前を見た瞬間、マリウスは驚きを隠せなかった。

 少女が文字を書くのにマリウスに背を向けていなかったら気づかれていたと思えるほどに動揺していた。


 何故なら、その名前はマリウスがこの地へ訪れる理由となった人物、半年前に亡くなった友人のものだったから。



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