解散の原因
グリーンクローバーの元メンバーへの聞き込みが続きます。
そんな話をしている内に、車はとあるマンションの前で停まった。糸村さんの住むマンションよりは小さいけれど、オートロックでセキュリティはしっかりしていそうだ。
ある部屋の前で私がインターフォンを鳴らすと、やや間を置いた後「はい」という返事があり、一人の女性が出てきた。その女性は、長く黒い髪をポニーテールにしていて、白いパーカーを着ている。その女性に向って、私は名乗った。
「警視庁捜査一課の小川です。……東山五月さんですね?」
東山さんは、私達をリビングに通すと、五人分のお茶を淹れてくれた。「どうぞ」と言って木製のテーブルに湯飲みを置く彼女を、私はつい見つめてしまう。
東山五月さんは、グリーンクローバーの元メンバーの一人。ギター担当で、メインボーカルも務めていた。当時から爽やかで溌溂とした印象があり、それは彼女が二十六歳となった現在でも変わらない。ちなみに、現在彼女は介護福祉士として働いているらしい。
東山さんが座ったところで、私は早速質問する。
「『グリーンクローバー』の元マネージャーである糸村裕也さんが殺害された事はご存じですか?」
「はい……ニュースで見たので……」
東山さんは、俯きながら答えた。本当に糸村さんの死を悼んでいるように見える。私は、申し訳なさを感じながらも質問を続けた。
「これは糸村さんと交流のあった方全員に聞いているのですが……昨日の午前九時頃から午後一時頃まで、東山さんはどちらにいらっしゃいました?」
東山さんは、思い出すように視線を宙に彷徨わせながら言葉を発した。
「昨日、私は休みだったので、久しぶりに両親と会って食事をする予定だったんです。でも……」
昨日の朝八時半頃、自宅で遅めの朝食を取っていた東山さんのスマホに着信があった。電話は勤務先の介護施設からで、施設の利用者について確認したい事があるとの事。口頭では説明しにくい事だった為、東山さんは休日だというのに勤務先へと向かったらしい。
施設に到着したのが丁度九時頃。そして、なんだかんだ仕事の話が長引き、施設を後にしたのが十時四十分頃。
東山さんは仕事の事について調べ物をしたいと思い、自宅に帰った後もノートパソコンで調べ物をしていた。
そうこうしている内に、両親との待ち合わせの時間が近付き、東山さんは十一時三十分頃にまた自宅を出たらしい。
「近くで交通事故があったらしくて、少し道路が渋滞していたんです。それで、両親との待ち合わせに遅れてしまいました。……でも、親との食事は楽しかったです。私は一人暮らしをしているので、あまり近隣の県にいる親と会ってなかったんですよね……」
東山さんは、午後十二時二十分頃から午後一時過ぎまで両親と一緒に食事をしていたらしい。
話を纏めると、東山さんには、施設を出た十時四十分頃から両親と会う十二時ニ十分頃までアリバイが無い事になる。
「あのー、もしかして、私、疑われてるんでしょうか……?」
東山さんがおずおずと尋ねた。御厨さんが、困ったような笑みを浮かべて答える。
「疑っているというわけではありません。しかし、犯人の目星がつかないので、色々な方に事情を聞かなければいけないんですよ。……東山さんと糸村さんの間には、以前トラブルがあったと耳にしていますし……」
「ああ、あの件ですか……」
東山さんは、眉根を寄せながら頷いた。
東山さんは、グリーンクローバーとして活動している時に、ストーカー被害に遭った事がある。「僕達、いつ結婚できるのかなあ」といった気味の悪い手紙がファンレターに紛れて送られたり。女ものの下着を送り付けられたり。終いには、仕事帰りに自宅までつけられ、襲われそうになった。
幸い東山さんに怪我などは無く、ストーカーも捕まったが、東山さんはすっかり恐怖に怯えてしまった。そして、精神的に不安定になった東山さんは芸能活動にも支障をきたし始め、グリーンクローバー解散のきっかけとなってしまった。
「織絵さんは繊細な人だったから、私の恐怖にあてられてしまって、『五月ちゃんがバンドを続けられないなら、私も辞める』って言って、もうどうしようもなくなっちゃったんですよね……」
東山さんは、目を伏せながら当時の事を振り返った。そして、私達四人の方を見て言う。
「でも、あの事件は八年も前の事じゃないですか。今更糸村さんを襲うなんて、しませんよ!」
実は、ストーカー事件があった頃、危機感を抱いた事務所は社内のパソコンの情報セキュリティをしっかりするよう社員に通知を出していた。
しかし、当時慣れない仕事に苦戦していた糸村さんは、サイバー攻撃を防ぐウイルス対策ソフトをアップデートするのを怠ってしまった。
それにより事務所のパソコンがハッキングされ、ストーカーに東山さんの仕事のスケジュールが漏れる事態となる。
スケジュールが漏れた事によりストーカーに尾行され、襲われかけた東山さんは激怒。一時は訴訟になりかけたが、糸村さんと事務所が示談金を支払う事で和解が成立した。
無実を訴える東山さんに、御厨さんは笑顔で言った。
「先程も申し上げた通り、東山さんを疑っているわけではないので、ご安心下さい」
そして、他にもいくつか質問をした後、私達は東山さんの自宅を後にした。
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