懺悔
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それから私達は、都内某所にある芸能事務所『ミルキーウェイ』へと到着した。既に夜を迎えた街の中で、その建物は一際強く窓からLEDの光を放っていた。受付で警察手帳を見せながら用件を言うと、私達は広い応接室に通される。
黒い革張りのソファに腰掛けながら、私は部屋を見渡した。白い壁には、何組もの俳優、歌手、ロックバンドなどのポスターが貼ってある。さすが芸能事務所。
しばらくすると、応接室のドアがノックされる。部屋に入ってきたのは、一人の女性。その女性は、ウェーブがかったライトブラウンの髪を首の辺りで切り揃えていて、黄色いシンプルなワンピースを着ている。女性は、控えめな声で私達に話し掛けた。
「失礼します。警察の方ですか? 私、南文香と申します。……顔を知っていて下さると嬉しいんですけど」
もちろん知っている。この南文香さんは、グリーンクローバーのメンバーの一人なのだから。
グリーンクローバーのベースを担当していた南さんは、当時とあまり雰囲気が変わっていない。あえて言うなら、デビュー当時の南さんはもっとぶりっ子していた気がする。
南さんは織絵さんと同じ年齢のはずだから、現在二十七歳か。バンドが解散した現在も芸能活動をしているのはこの南さんだけだったと記憶している。
南さんが私達の向かいのソファに座ると、御厨さんが早速話を切り出した。
「南さん、糸村裕也さんを御存じですね?」
「はい、以前私達のマネージャーをしていましたから」
糸村さんは、十年前グリーンクローバーのマネージャーをしていた。バンド解散後も糸村さんは事務所で仕事をしていたが、南さんのマネージャーではなかった為、あまり接点はなかったという。
「その糸村さんですが……先程、亡くなっているのが発見されました」
「亡くなっ……た……?」
南さんは、呆然として呟いた後、体を震わせて言った。
「嘘……だって、糸村さん、この前まで元気で……」
「最近、糸村さんと会われたんですね?」
御厨さんが鋭い目つきで聞く。南さんは、呆然としながら頷いた。
そして、私達から詳細を聞いた南さんは、涙を浮かべながら話し始めた。
「……私っ、昔から糸村さんの事が好きでっ……! バンドを解散してから全然会えてなかったけど、二週間くらい前に、偶然街で再会して……。それで、糸村さんは織絵の夫だってわかってたけど、酔ってたし、ホテルに行ってっ……! ごめん、織絵、ごめんっ……!!」
そう。私達が南さんに話を聞きに来たのは、南さんが裕也さんの浮気相手だと織絵さんに聞いたからだ。
南さんは好きだった裕也さんをホテルに連れ込む事に成功したものの、彼女が目を覚ますと既に裕也さんはホテルの部屋にいなかった。南さんは、裕也さんが織絵さんの元に帰ったのだと察し、寂しい気持ちになったという。
南さんにも、裕也さんを殺害する動機があると考えていいだろう。
応接室のドアがノックされ、入ってきた社員らしき女性が三人分のコーヒーをテーブルに置く。私と御厨さんのコーヒーカップには砂糖とミルクのパックが添えられているが、南さんのコーヒーカップには砂糖しか添えられていない。
「南さんは、ミルク無しがお好みなんですか?」
私の質問に、南さんは目を赤くしながら答えた。
「はい。私は、牛乳アレルギーなので……」
「そうですか……あの、ご心痛の時に申し訳ないのですが、南さんは、今朝の九時から午後一時頃までどちらにいらっしゃいました?」
私が聞くと、南さんは目を赤くしながら答えてくれた。
南さんは、今朝の九時頃から十時頃まで、行きつけのスポーツジムで体を鍛えていた。その後自宅に帰り少し寛いだ後、十一時頃に都内にあるテレビ局へと出かける。バラエティ番組の撮影があったのだ。
その打ち合わせやら撮影やらがあり、南さんは夕方近くまでテレビ局にいたらしい。
私は、手帳にメモを取りながら続けて聞いた。
「ちなみに、糸村さんが他に恨みを買っていたとか、トラブルを抱えていたとかを聞いた事は?」
南さんは、声を張り上げて言った。
「そんなの聞いた事無いわ! 糸村さんは優しくて真面目で誠実な人よ! トラブルなんて……」
言いかけた南さんが、ハッとした後考え込むように視線を落とした。私は、南さんを覗き込むようにして尋ねた。
「どうしました? 南さん」
南さんは、視線を床に落としたまま呟いた。
「……あったわ、トラブル」
それからいくつか南さんに質問した後、私達は応接室を出て糸村さんの同僚にも話を聞き、事務所を後にした。他の関係者への事情聴取は、また明日。
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