グリーンクローバー
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身元確認やその他諸々の手続きを終えて、現在織絵さんは警視庁内の会議室にいる。私は、早速織絵さんに質問した。
「こんな時に申し上げにくいのですが、ご主人は何者かに殺害されたと思われます。交友関係を調べたいのですが、ご主人はどういったお仕事を……?」
パイプ椅子に座った織絵さんは、俯いたまま応える。
「夫は、芸能関係の事務所で、マネージャーをしていました。『ミルキーウェイ』っていう事務所で、私も彼と仕事を通して知り合ったんですけど……」
ミルキーウェイ? 仕事を通して……? 私は、失礼ながら織絵さんの顔をまじまじと見つめてしまう。大人しそうな見かけだけど、釣り目がちの目元や小さめの口に見覚えがある。この人は……。
「……もしかして、奥さん、『北沢織絵』さんですか? 『グリーンクローバー』の」
私が聞くと、織絵さんは少し気まずそうにしながら頷いた。
「はい、私は八年前まで、『グリーンクローバー』のドラムとして活動していました。今ではただの専業主婦ですが……」
グリーンクローバーとは、約十年前にデビューしたガールズバンドだ。活動期間が二年と短かったものの、その人気は絶大で、CD売上ランキングで何週間も連続で一位を取っていた。
かくいう私もグリーンクローバーのファンで、今から八年前にバンドが解散した時は少なからずショックを受けた。
「まさかこんな所でグリーンクローバーのメンバーに会えるなんて……って、こんな事言っている場合ではないですね」
私は気を取り直して、ご主人である糸村さんが何かトラブルを抱えたりしていなかったか織絵さんに尋ねる。
「夫は、家でほとんど仕事の話をしないので……トラブル……と言われても……」
なんだか歯切れが悪い。ここで御厨さんが口を挟んだ。
「糸村さん。ご主人を殺害した犯人を突き止める為に、些細な情報でも話して頂けませんか?」
織絵さんは、少し迷ったような表情をしてから、意を決したように口を開いた。
「……実は、夫が、浮気をしていたようなんです」
「浮気?」
話によると、二週間ほど前、夜遅く帰宅した裕也さんが突然織絵さんに土下座したらしい。なんでも、その日裕也さんはある人物と久しぶりに再会し、居酒屋でその人と飲んでいる内に記憶が無くなった。そして、気が付いたら裕也さんはホテルのベッドに寝ていて、隣ではその女性が眠っていたと……。
「ショックでした……。でも、夫は本気で後悔して謝っているようでしたし、私は夫を許す事にしたんです……」
「そうでしたか……立ち入った事を伺い、申し訳ございません」
御厨さんが頭を下げると、織絵さんは「お気になさらず」と言って首を横に振った。これは……織絵さんには、裕也さんを殺害する動機があるという事だろうか。
私は、再び織絵さんの方に視線を向け、質問する。
「ご主人は、今朝の九時頃から午後一時頃に亡くなったと思われます。奥様は、その時間、どちらにいらっしゃいましたか?」
織絵さんは、少し考え込む様子を見せながらも答えてくれた。
今朝八時半頃から、織絵さんは友人と一緒に、朝から開いている喫茶店でコーヒーを飲みながらおしゃべりしていたらしい。そして、十時頃に近くにある映画館に移動。そこで約二時間映画を見た後、友人と別れた。
そしてその後織絵さんは一人でファミレスに寄り、昼食を取った。その後は家に帰り、一人でテレビを見たり家事をしたりしていたらしい。
「夫は今朝、いつものように出勤をすると言って家を出たので、夫が夕方まで家に帰って来なくても不審には思いませんでした。まさか、殺されていたなんて……!」
織絵さんの目には、涙が浮かんでいた。
その後も織絵さんから話を聞いたが、特に捜査に役立つような情報は得られなかった。最後に、御厨さんが織絵さんに質問をする。
「……大変聞き辛いのですが、ご主人の浮気相手がどなたかご存じでしたら、教えて頂けないでしょうか」
その答えを聞いた後、私達は糸村家を後にした。
◆ ◆ ◆
「いやー、しかし、織絵さんがあの『北沢織絵』だとは思いませんでしたねー」
「ああ、俺は特に『グリーンクローバー』のファンじゃないけど、北沢織絵の顔は知ってる。確かに、別人に見えるよな」
私と御厨さんは、車の中でそんな会話をしていた。
グリーンクローバーの一員として活動していた時の織絵さんは、長い金髪を垂らしており、前髪は黒が混じったメッシュだった。
デビュー当時織絵さんは十七歳だったので、十七歳にしては大人っぽいなと思った記憶がある。実は、私はグリーンクローバーのメンバー四人の中で、織絵さんが一番の推しだった。
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