茜色のあなた
現在書こうとしている小説の最終チャプターのようなものです。一応下書きなので、どうかお手柔らかに。
私自身の話ですが、二十歳のドイツ人です。四年前から日本語を勉強しています。独学です。
そのため、不自然な言葉遣いがあれば、どうかご叱正の程を。
※翻訳機やAIは一切使っていません。
宜しくお願い致します。
山小屋にある丸太の腰掛けでは日向ぼっこをしているのは、野良猫だろう。私もその素晴らしき青空を謳歌したく、やがて外へ出る。
野原の繊細な彩りを放つ方から、そっとした山風が吹く。いつもにも増して美しい景色に、大変心が和らぐ。
数日前に撒いた鳥の餌の減り具合を見るに、おおかたあの小さかった雀たちは今頃まるまると肥えつつある。その雀たちが再び私に命の大切さを告げたげに、ちゅんちゅんと鳴き声を放つ。私は雀たちを涵養する、雀たちは私の心を涵養する。立派な春の日だ。
夏の陽炎がベンチを温めてくれたもので、腰を掛ける。老鶯は囀りを、私の耳を貫いたその音を、空の果てに漂っている上空の沙汰で動かされつ留まりつ秋雲まで届けたいだろうと思うと、あまりに心をとらわれ、冷たい秋冬の空気を咥えたタバコと共に吸って、峯々の斑雪を観て、ノートを取り出す。
同時に四季をここに呼び寄せる、幾万色の瞳をくれたあなたは、今もここにる。一日に、少なくとも二回私を訪れてくれるのだ。晨の払暁が山巓を茜色に染め出す時も、乱暴な夕焼けが盆地の端を乗り越え、山小屋の木板を茜色に染める時も。
時の初めからこれがあったとは、とても信じられない。儚いあなたの命は、こんなにも大きな、普遍的な意味を持ってしまうとは。
錆びた銅製のフラワーポットは遠き外国を思わせる古い文字を帯びている。その中に、青と、赤と、紫が戯れている。古き朽ち果てる枠の中で、新しい生命が生まれて、その枠を自分の棲家とし、少しずつ中から外へ変えつつ、清らかなものにしていく。見た目だけではない。決まりきった世界でもない。大切なのは、その中に潜む、本当の力なのだ。
全てはまだここにある。何も手放さず、失わず、全てはここにある。
小屋の中で、蟻が絨毯を横切って、蜘蛛が棚の隅っこで人類より古来の模様の巣を織り成す。ただ頷き、呼吸を整え、よし、と思うのだ。全てはまだここにある。森も、山も、海も。私の中で寛いでいる。人間界の無菌の白い箱はよそ者だ。蟻ではない。蜘蛛でもない。
それと同じく、フラワーポットの彩りも、私たちの生きる世界もなにもかもそうだ。何も失わず、全てはくっついて離れずにあり。世界はどれだけ変わろうと、その中を生きる私たち次第で、外形より大きなものに突き動かされ、この不思議な世を満ちる全てを壮麗に変えることができるのだ。
やがて夕方になると、辺り一体に広がる野原が一斉に妙な輝きを見せ始める。幾万分の提灯が美風に揺らぐように、幾万分の蛍が輝きの荘厳な街並みに見える。分けて好きな花、あるいは好きな枝に飛びつくのだ。
と同時に、その上空に星々も踊り始めている。
そして、決して衰えやせぬすべてが――朝日が昇る限り、夕日が沈む限り――私に歌いかける。一つの恒久の交響曲となり、あるいは一枚の果てしない絵画となる。すべてが調和し、決して争わず、決して他を凌ごうとはしない。優劣なく、空は、果てしない壮大さを歌い、木々や草は、その緑の輝きをそっと囁き、川は絶え間なく流れながら、その永遠の旋律を奏でている。
どれも混じり気なく、どれも勝らずに、一つの螺旋に渦巻いて、この世の真を露わにしようと、私に密かに告げ始めている。
世界が始まった頃は、幾万の光が放たれ、きっと意図的に今目の前にある大自然の姿になるまで、変化を遂げ続けてきた。その絶えない変貌が、今も続いているはずだ。全ては変わる、全ては一つの流れに身を任せている。
如何にもこの世界が、この自然が、いや、それよりも人間というのが、どれだけ瞬間的、そしてどれだけ美しい奇跡であるかを証明してくれるのだ。
大地は光を浴びて、遠き山々は灰色の衣裳を纏う。歴史の唯一の証人である風が木々に世界の秘密を囁く。そして儚い夢が蘇る。小鳥は白い音を放つ、茸は土の音を放つ。
脆いきのこを見てごらん。あの蜘蛛を見てごらん。
ほんのひととき、ともに立ち止まり、蝉の声に耳を澄まして。
ここが、私の帰る場所――蒼き森の中。
迷った時に、蟻が私を呑み込もうと、大地の小ささへと誘ってくれる。
その小さき世界の奥底で聴こえたのは、静けさの歌。さあ、ともに辿ろう、この小さな世界を。
ほら、蝉が鳴いている――
昔、ある岩が肌にある感覚を覚えた。苔だ。新しい感覚だ、緑の感覚だ。岩は、深い大地に包まれた歳月を物語っていた。苔は光の味とトカゲの腹の柔らかさを謳った。やがて岩と苔は互いに名づけあって、その名を誰にも告げなかった。
私は、この世の秘密を教えてくれ、と頼んだ。沈黙の中で、こう答えた。全てが歌っている。岩も、苔も、何もかもが。
思考と時の彼方へとさまよい出て、頭上には星々が空を廻りは消え、消えては廻り、一日一日、一秒一秒が、まるで地球の寿命ほどに長く感じた。
今なら私にもわかる。
そして、そのすべてが、私の目の前に広がっている。
秘密ではなかった。耳を澄まし、風が立つ歌を聴けばわかる。意味と時間という存在を超えた、ただ、時の始まりから、ずっと、そこにあったもの、それが大切だ。風が立つ音、人間が笑う音、花が咲く音。その歌だった。
誰もが聴こえる歌。そして、聴こうとする私の顔に、ひとすじの涙が頬を伝う気がすれば、同時に、胸の奥から喜びが込み上げてくる気もする。
なんて不思議なものだろう。なんて単純なのだろう。答えは、最初からずっと、私の目の前にあったのだ。
私は息をつく――深く、震えるような溜め息を。あまりにも大きな喜びに、心が壊れてしまいそうになるほどに。
そんな美しい世界に、ただ風に靡かされ、静かに暮らすと決めた。峰々と同じく、かつてのあなたと同じく、ただ茜色の光を浴びて、あなたが消えた後も浴び続ける。この世の生き方を教えてくれた、茜色のあなたと同じく。
そして、或る日、霧から出てきたのは一人の旅人。私の静かな終の棲家を訪れた、その人とは、私のかつての友人である。
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