気配
雅也がシルバーリングをプレゼントしてくれたので、自分も同じことをしたくて、観光客向けのシルバーリングを作れる工房に向かった。そこは昔から馴染みの夫婦が経営している小さい工房だったが、彼らの作る作品は繊細で美しいからインターネットで注文が絶えないのだという。
「リングの大きさは聞いてきたというなら、あとはデザインを決めて作るだけね」
ベリーショートに整った顔立ちの小顔が乗っかっている美しい店主である七海皐月は言った。カタログを見せて具体的な仕上がりを説明してくれる。今日は菜摘も付き合ってくれているから二人でシルバーリングを作ることになっている。菜摘は付き合っている大学生の彼氏にプレゼントするのだそうだ。ただ、心配だったのは南乃花は細かい作業が壊滅的に苦手だということ。無事にできるか不安になりながら作業を進める。案の定、菜摘は綺麗な形にリングを成型したが、南乃花のリングはどこか不気味に思えるほど歪んでしまっていた。皐月はちょっと苦笑いしていたけど恋人にプレゼントする指輪に皐月が手を加えるのは違うと思うと修正を断られてしまったので残念ながら不気味な形のまま雅也にプレゼントすることになった。
「雅也に渡したいものがあるんだけど」
「何?急にどうしたの?」
「これ、私が作った」
反応を見るのが怖くてそっぽを向いているとブハッと笑う声が聞こえる。
「どうせへたっぴよ。無理してつけなくていいからね!」
「そんなことないよ。個性的でこれは誰が見ていも南乃花の作ったものってわかるから万が一落としても大丈夫なところがいい」
雅也はずるい。そうやって南乃花を嬉しくさせるから。
「この形…間違いない。私が雅也にプレゼントした指輪…」
地面に落ちていた指輪を恐る恐る拾って観察するとそれは海の中で無くしたはずの雅也の指輪だった。水死体で発見された際、身につけていなかったから潮に流されたんだろうと言われたいた。鼻先に持ってきて匂いを嗅ぐと潮の香りがした。ということはこれは雅也のもので間違いない。それをなぜストーカーが持っているのか。もしかして、あのストーカーが雅也を死に追いやったのか…そう考えれば合点がいく。なくなった指輪を持ち、私を付け狙っていたストーカーがどこかで私達が付き合い始めたことを耳にして攻撃をしてきた。そう考えるのが妥当だろう。
(じゃあ…雅也は私のせいで死んだの?)
一気に体から力が抜けてその場にへたり込む。過呼吸になり肩をぜいぜいとゆらせていた時だった。優しい手つきで背中をさすられる。意識が朦朧としていたために、てっきり秀治がやってきて私を介抱してくれていると思っていたが、私を介抱してくれている人からは潮の香りがした。呼吸が落ち着き振り向くとそこには全身ぐっしょりと濡れた男がいた。
「ヒッ!あなた…一体誰?」
恐怖で後ずさると口元だけ見えていたその男は何も答えずにすうっと消えてしまった。先ほどまで男が触れていたところが水でぐっしょり濡れていて肌に服が張り付いて気持ちが悪い。恐怖で喉がカラカラだし握りしめた冷たかったシルバーのリングは手のひらの温度で温かくなっていた。