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水底  作者: 南雲葵巴
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シルバーリング

『南乃花。俺たち付き合おうか』

 雅也が花火を見上げながら言った。驚いて雅也の横顔を見ると、頬が紅潮して瞳が不安で揺れていた。”ああ。本心からそう言ってくれているんだ”とすぐに理解して即座に答えた。

『ずっとそばにいてくれる?私のこと守ってくれる?』

『もちろんだよ。俺は南乃花とずっと一緒だよ今世も生まれ変わって来世もずっと。俺は南乃花だけを愛し続ける』

 それは重たい愛の言葉だった。だがそれも嬉しい。だって同じ気持ちだったから。また大きな花火が上がる。二人はどちらからともなく口付けをした。甘く優しい初めの口付けはとても心地よくて身体がふわふわとする。”ああ。なんでこんなに好きなのだろう”南乃花は切なくなるほど雅也が好きということに改めて気がついて雅也の男の子らしいひろい胸板に顔を押し付けてぎゅっと浴衣を握りしめた。

『大好き。雅也。ずっと一緒にいてね』

『うん…大丈夫。死ぬまで一緒いようね』

 その約束から数日後、雅也は浜辺に水死体として打ち上がっていたのを早朝の犬の散歩をしていた人が見つけたのだ。冷たくなって、でも数時間しか水に浸かっていなかったせいか。水死体特有の体の崩れがなかったのが不幸中の幸いだった。町のヒーローの死はあっという間に世間に広がり、葬式には見たことのない人も多く訪れてお焼香は長蛇の列ができていた。南乃花はその列を列席者の一番後ろ端の席に座って眺めていた。そんな状況なのに雅也が死んだことを認めることができない。いまだに棺から起き上がって善行を行いに行きそうだった。だけどいくら待っても雅也は棺から出てくることはない。ついに耐えきれず涙を流して一人静かに泣きながら雅也の死を悼んだ。

「南乃花!大丈夫か?」

「…」

 秀治は顔色こそ優れなかったが、割と普通に葬儀に参加して、お焼香の時少し涙を流しそして今、南乃花の前にたった。彼は心の底から雅也の死を悲しんでいるようだったが、もう涙を流してはいなかった。それが白状かというとそう言ったことではない。彼は自分の悲しさを押し殺して南乃花を励まそうとしてきてくれていることがわかったから。

「ありがとう。大丈夫じゃない。辛い。なんで雅也が…」

「うん…そうだね。誰よりもいいやつだったのに、なんで雅也が死んだんだろう」

 秀治はどこか、引っかかる言い方をした。もう雅也は完全に過去の人間として割り切っている。そんな言い方だった。あんなに仲が良かった幼馴染だったのに、こんなに早く割り切れるものなのだろうか。それとも男の子というのはそういう生き物なのだろうか。色々考えたが答えは出ない。南乃花はフラフラと立ち上がると憔悴しきっている雅也の母親、幼い頃からお世話になっている美代のところに行った。

「この度は…雅也のこと…」

 言葉を発するたびに涙が流れそうになるのを制服のスカートをぎゅっと握って耐えながら話す。すると美代は南乃花をぎゅっと抱きしめて涙を流しながら言った。

「雅也から聞いたわ。あの子の恋人になってくれたんでしょう?長年の思いが叶ったからってこっそり教えてくれたの。あの子、本当に幸せそうだったわ。でもたった数日で…どうか、どうか南乃花ちゃんは雅也に縛られず新しく恋をして幸せになって。いつまでも雅也にとらわれずに…あの子が好きだった女の子が不幸になる姿を見たくないの」

 大切な一人息子をなくしたばかりなのに、南乃花の心配をしてくれるなんて、なんて強い人なのだろう。なんて心の優しい人なのだろう。南乃花は美代の言葉にまた涙が溢れてきて二人で抱きしめあってわんわん泣いた。


「美代さんこのお花はこっちでいいですか?」

 美代はフラワーショップを経営していて、仕入れやブーケ作りのセンスがうけてインターネットで全国から注文が入るほどの人気店だった。南乃花はそこでアルバイトをさせてもらっている。今日もアルバイトに精を出して花の水切りをしている時だった。後ろから美代が明るい声で言った。

「南乃花ちゃんが手伝いに来てくれるようになってから仕事がだいぶ楽になったのよ。全国から入る注文に返信してくれたり、配送手配をしてくれたり、お花以外のこと私、苦手だから助かってるの。ありがとう」

「お役に立てて嬉しいです。美代さんもあまり根をつめて体を壊さないでくださいね」

「ええ。大丈夫よ。仕事している時が一番気持ちが楽なの。あれから1年。長かったような短かったような。今年ももうすぐ灯籠流しの時期だから、南乃花ちゃんも誰かと一緒に行く予定なの?」

「いいえ。一人で。もしかしたら秀治か菜摘あたりが一緒にって誘ってくれるかもしれないけど、あの日は一人で過ごしたいんです。そうしたら、幽霊でも雅也が帰ってきてくれる気がして」

「南乃花ちゃん…」

 美代さんは悲しそうな顔をしたが、それ以上に嬉しそうでもあった。死んだ雅也のことを悼む人はもうそう多くない。町のヒーローの死は一時期騒がれていたが今では覚えている人を探す方が難しいだろう。人の記憶とはそういう脆弱なものなのだ。水切り作業が途中だったから再開するとうっかり手先をハサミの刃で切ってしまった。バケツに赤い血が滲む。花が傷んでしまうと思って慌てて手を引き上げるとティッシュで傷を押さえた。思いの外深く傷つけてしまったようでティッシュはすぐに赤く染まる。それに気づいた美代は店の奥から救急箱を持ってくると手早く血を止血して治療してくれる。花屋をする前には看護師をしていたが、忙しすぎて雅也との時間が取れないことが嫌で転職したと言っていた。実際、花屋を始めたところ、店先で幼い雅也をあやしながら花を売る姿が人目を引いて、花屋にはいつも人が絶えなかったという。・

(そんな環境でみんなに愛されて育ったからあの雅也になったのね)

 目を閉じると優しいちょっと照れた雅也の顔が浮かぶ。まるでついさっき出会ったように。

「はい!治療は終わり。今日はもうあがって傷を治すことに集中して。雅也の大切な子を傷つけて放ったらかしにしていたら天国の雅也に叱られちゃう」

 美代さんはどう言えば私がいうことをすんなり受け入れるかよくわかっている。仕方なく使っていた道具を片付けると美代さんにお礼を言って店を出た。しばらく歩くとまた人の気配を後ろから感じる。一定の距離をとって誰かに付けられている。怖かったがそっと振り向くとそこにはまた黒いパーカーに黒い帽子を目深に被って、顔はなぜか認識できない男の人が立っていた。南乃花は恐怖に震えながら言った。

「あなたは誰!?なんで私のことをつけ回すの?」

 だが男は答えない。よく見ると男は全身びしょ濡れで雫がポタポタと垂れていた。

(なんでこの人濡れてるの?それにどこかで見たことある気がする)

 なんとなくそう感じた時だった。強い風がふいて目を閉じる。目を開けると男は忽然と姿を消していた。

「一体なんなのよ」

 南乃花は男が立っていた地面からきらりとひかる何かを見つけておるそおそる近づく。その瞬間背筋が凍りついた。そこには南乃花が雅也にプレゼントした歪な形のシルバーリングが落ちていたからだ。

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