繋ぐ手
「南乃花?ぼーっとしてどうした?」
また雅也のことを考えていたなんて言いたくなくてフルフルと頭を振る。それだけで秀治は私の考えを理解したようだった。
「まだ忘れられないんだ…雅也のこと」
「うん。いまでもさ、毎朝登校する時に雅也がおはようってやってきそうな気がして待ち合わせのところで立ち止まっちゃう。未練がましいよね」
泣きそうになって空を見上げる。今日は雲ひとつない青空。雅也が死んだ日と同じ空だった。
「なあ、ちょっと早いけどタイムカプセル開けないか?」
「え?まだ埋めて1年だよ?」
突然の提案に驚く。一年前、雅也が死ぬ前日にタイムカプセルをうめたのだ。開封は10年後にしようと言っていたからずいぶん早い。
「あんなことがあったからな…何か南乃花にメッセージが残されているかもしれないだろう。な?」
そう言って秀治が南乃花の手を繋いでカプセルを埋めた岬に向かって走り出す。南乃花に配慮して小走りで。
その時だ。視線を感じて振り向くと木の影で人がこちらをみていた。顔は帽子でかくれていてみえなかったが、また新たなストーカーがでたのかもしれないと思うとこころがおもたくなった。そんな南乃花の様子に気づいた秀治は南乃花の肩を掴んで自分後ろに隠してから辺りを見回す。だがそこにはもう誰もおらず、見渡す限り人は南乃花と秀治だけだった。
「またか?」
「うん。顔は見えなかったけど、つけられてた」
秀治は眉間に皺を寄せて先ほどでストーカーがいた方を睨みつける。そして南乃花の手を握って歩き始めた。
「行こう。日が暮れる前に済ませた方がいい」
南乃花の答えを聞く前に秀治は歩き始めた。久しぶりに握った秀治のては大きくてゴツゴツして、幼い頃の柔らかく丸い手ではなくなっていた。大人になりかけているのだ。南乃花も秀治も。雅也を残して生きている南乃花達はどんどん大人になっていく。雅也をあの日に残して先を歩いているようで南乃花は居心地が悪くなって秀治の手を振り解こうとしたがびくともしない。痛みはないのにしっかり握られていて解けないのだ。
「秀治…手…離して」
「これから先道が悪くなる。繋いでいた方が安全だ」
繋いだ手は雅也の柔らかですべすべした手と違う。自分が欲しい手ではない。そのことが辛くてもう一度だけ振り解こうと手を引いたがしっかり握られた手はびくともしない。仕方なく南乃花は秀治の言う通りに手を繋いで岬の先端を目指して歩いた。ゴツゴツとした岩が隆起している箇所や細くなった歩道に難儀しながらたどり着いたタイムカプセルを埋めた場所には雑草が生い茂っていた。
「これじゃ掘り出せないね。草を抜こう」
手を伸ばして雑草に触れようとするとサッと秀治に手を押さえられる。
「いや、草は俺が抜くから何か土を掘り返すのに使えそうなものがないか見てきてくれるか?」
「わかった」
おそらく南乃花の手が草で傷つくのを嫌がったのだろう。秀治は昔からなのはに過保護なのだ。三人の中ではお兄さんポジションでちょっと頼りない南乃花と雅也を引っ張って歩いてくれる頼れる存在。それが秀治だった。
(何か土を掘り返せるもの…)
辺りを見回しているとまた人の視線を感じて少し離れた林を見ると先ほどの黒い帽子を被った男性がこっちを見ている。距離があるからか顔はよく見えない。南乃花は勇気を出してその人物に近づこうとしたら、またその男は少し目を離した隙に消えていた。なんとかその男がいたところにつくと、足元にしゃべるが転がっていた。