現実
「南乃花!あまり先を行くなよ。昔みたいに並んで歩こう。お前は最近俺と顔を合わせてくれない。それが寂しいんだ」
秀治が南乃花の手を握って引き止める。だが南乃花は秀治を見ようともしなかった。思い出してしまうのだ。秀治を見ると雅也のことを。決して秀治が悪いのではないのに、どうしても避けてしまう。雅也が死んだことがまだ受け止めきれなくて首から下げたペンダントを握りしめる。
「それ…雅也からプレゼントされた…」
「…」
一年前、雅也が死ぬ1週間前の夏祭りの日、雅也が南乃花に告白をして、はれて2人は付き合うことになった。真面目な雅也らしく、将来を見据えて手作りのシルバーの指輪を左手の薬指にはめてくれた。涙が溢れた。南乃花の片思いだと思っていたから。生まれて初めてだった。嬉しくて涙をこぼしたのは。雅也はそんな泣き虫な南乃花を優しく包み込むように抱きしめてくれた。
「出会ってからずっと好きだったよ。俺は大学は東京にある大学の医学部を目指しているから、南乃花とこうしていられるのはあと2年。そのあとは数年離れ離れになるから後悔したくなかったんだ。離れても変わらず好きでいてくれる?」
「もちろんだよ!私も雅也のこと好き。だから告白してもらえて嬉しいし、進路のことも教えてもらえて嬉しい。応援するよ」
本当は寂しくてたまらなかっだが、彼が医者のいないこの町に診療所を作りたいと夢を語ってくれたから、それを支えたいと思ったのだ。
「でも心配だな。南乃花には秀治と菜摘さんがついていてくれているけど、ストーカーは相変わらずなんだろ?」
私はこくりと頷く。一ヶ月前の海開きの日に隣町に住む男性から見そめられたらしく、しつこく付き纏われたり、家までつけてこられたりしていたのだ。なので南乃花は今雅也か秀治に常に側にいてもらって絶対に1人にならないようにしていた。
「警察にも相談しているけど、現段階では出来ることがないらしくて、怖いけど雅也も秀治もいてくれるから、平気」
「なんとか解決したいな。俺がそばにいられる間に」
雅也
はそう言って花火の上がる夜空を見上げる私にそっと近寄ると触れるだけの優しい口付けをした。