白昼は夢に散り
風に捲られるページのようなフラッシュバックを終え、マリアは息を吐く。どれくらい浸っていたのだろう。気付けば頭上に見えていた太陽が場所を変え、森のあちこちに光のカーテンが差している。隣に置いていた籠を持ち、マリアはいよいよ帰るべく腰を上げた。
最早帰り慣れた道を進む。マリアと同じように森へ避難した人々によって踏み固められた道。草を分け、木を避け、何度も歩き続けた痕跡は、かつての煉瓦を並べた美しい道とは似ても似つかない。朧気な記憶を踏み砕くように、マリアは一歩ずつ家路に着く。
マリアよりも何倍も高い木を追い越し、春の訪れ共に鬱蒼とし始めた草を踏み、倒れた丸太を避け、緑に飲み込まれた廃墟を尻目に歩き続ける。風が木立を駆け抜け、蝶が目の前を瞬いた。木漏れ日を振り切って歩いて、歩いて、歩き続けた先。
「おーいマリア、帰ったのか。今年はどうだ?」
「ただいまステファンさん。ウィーオラはいつもよりちょっと多いくらいだったよ」
「そうかそうか。ありがとな、女房にも言っとくよ」
深い森の中に忽然と姿を見せるのは、現在マリアが身を寄せているテレジア難民キャンプだ。レディプティオ大森林の南西部にあるキャンプは、マナによる周辺地域の汚染と魔力中毒によって周囲との関係を絶たれた元テレジア市民の最後の縁だった。
キャンプの入口で見張りをしているステファンは、元々自警団に所属していた鍛冶屋の主人で、身寄りのないマリアをまるで自分の子供のように接してくれている。彼の妻のセレシアは料理上手で、何かと森の奥へ足を運ぶマリアをいつも心配している優しい女性だ。
通り過ぎようとしたマリアの頭を、ステファンは優しく撫でる。もう17になるのに、彼からしたらまだまだ子供扱いらしい。いつものようにはにかみながら手を振れば、彼は満足げに持ち場へ戻って行った。
それを見送りながら、マリアもまた軽い足取りで家路に着く。太陽はまだ空高くにあるが、森に訪れる夜の足は早い。木の葉に遮られた地上は薄暗く、既にランタンがあちこちで光を揺らしている。
マリアの家は難民キャンプの奥の、巨樹の虚にある。落雷により裂けた幹はしかし丈夫なままで、夏は風の通る道の為涼しく冬は暖かな空気を逃がさないでいてくれるので過ごしやすい。
虚の中は木の葉が敷き詰められており、ステファンが組み上げてくれた簡素なチェストやベッド、書き物机が並んでいる。中からくり抜いた窓はこじんまりとしながらも出窓風になっており、家の跡からどうにか持ち出した本が数冊置かれていた。
見慣れた自宅に酷く安心する。森の中は孤独だからだ。木々が茂るこの場所では、マリア達の方が異物だった。だからだろうか。ひとりでウィーオラや野草を摘みに行く度に心細さを感じる。
ウィーオラを入れた籠をベッド横のチェストに置き、ベッドに沈む。あの頃よりも固く簡素ではあるが、今はそこがマリアの居場所なのだ。欲に抗うことなく目を瞑る。明日もまた頑張らなければ。
そうして今日も、小さな覚悟を積み重ねて日々を生きていく。より良い明日が来るようにと祈りながら、マリアは少し早い眠りを迎え入れた。
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