3.
キノアの額からは、血がドクドクと流れ出ている。
轢いた車の運転手は、怖くなったのか、キノアを助けようともせずに、急スピードで逃げてしまう。
手当が遅れてしまったら、命が危なくなる。ユリアは命の危険を感じ取り、咄嗟の判断で、キノアを両手で抱いた。
「自然界の全ての精霊よ。キノアに命の恵みを賜りたらん」
父親から教えられた呪文を唱えると、癒しの力がキノアの体を光り輝かせる。
キノアの細胞は、自然治癒力が増大し、組織は再生され、出血が止まり、意識が回復した。
「お姉ちゃんが、助けてくれたの?」
キノアは、目を開けると、ユリアをじっと見つめて口を開いた。
しかし、ユリアはキノアにゆっくりと答えている時間はなかった。
周囲はユリアの手から発された光り輝くオーラと、キノアが無傷のように目を覚ましたことに驚き慌て、ザワザワと騒めいた。
周囲の人々は、はじめは起こったことが理解できず、言葉を失っていた。段々と何が起こったのか確かめようと、互いに言葉を発し始める。
「何が起こった?」
「女の子は無事なの??」
騒めいていたが、言葉はポツポツと発せられるだけだった。
まだ静けさは保たれている。逃げるなら今がチャンスであった。
ユリアはキノアを起こして、
「逃げるよ。走れる?」
と、聞いた。キノアは、こっくりと頷いたので、ユリアはキノアの手をとり、一目散に駆け出した。
「おい、行ってしまうぞ?!」
「女の子は、無事だ!走れている!」
「でも、血が流れて死にかけていたぞ。あんなにぴんぴんと走っている!」
「魔女か?」
一人の男が口火を切ると、周りの者も口々に魔女の存在を発し始める。
人々は群衆となり、走り逃げていくユリアに指を指して、騒々しく口開いた。
¨魔女だ!排除せよ!¨
ユリアは、とにかくキノアを連れて走った。キノアも足を止めることなく、ユリアについて走った。
街の裏通りをぐるぐるとまわり、閉店した店の影でやっと一息ついた。
「大丈夫?」
ユリアは息をぜいぜいと整えながら、キノアに聞いた。
「私は、大丈夫!お姉ちゃん、喫茶店のお姉ちゃんでしょ?助けてくれて、ありがとう!」
キノアは、満面の笑顔でユリアに礼を伝えた。ユリアは、キノアの笑顔にほっと安堵する。
「良かった。無事なのね」
ユリアはキノアを抱きしめて言った。
「うん、どこも痛くない」
キノアはユリアの、柔らかいお日様のような香りを嗅いだ。
「帰りましょう。ママもパパも心配してるわよ。送っていくわ」
「うん、ありがとう!」
ユリアはキノアと手を繋ぎ、キノアの家を目指して歩き始めた。
「でもね、ママは心配してないと思うよ」
キノアは、顔を影らして、唐突に言った。
「なんで?ママでしょ。きっと心配してるわ」
ユリアが言うと、キノアは険しい顔をして、首を振った。
「だってね、ママは、パパを殺そうとしてるから、そのことで頭がいっぱいなの」
「え?」
ユリアは、自分の耳を疑って、もう一度聞き直した。
「どういうこと?」
「最近パパね、よく咳をしているしね。体調があんまり良くないのは、ママが変な薬をパパの食事に入れているからなんだよ」
キノアは、泣きそうな声で、話した。
ユリアは、最近のアツロウが、確かによく咳をして、だるそうであるのを思い出した。
アツロウは、何も話さず、悲しい目をして、本を黙々と読んでいる時間も長くなっている。
何かを考えているような憂いのある目であった。
ユリアは最近のアツロウの一挙一動を振り返り、唾を飲み込んだ。
もし、キノアの言っていることが本当のことであれば、アツロウを助けないと、ユリアは心の底で決心をする。