2.
ユリアの癒しの力は、父親から受け継いだものだった。
ユリアの父親には、透視能力があり、ユリアが13歳の頃までは、霊媒師を職業としていた。
数々の無くし物を見つけたり、警察に協力をして壁の向こう側の犯人の行動を言い当てたりと、父親の霊的能力は本物であった。
明治時代に入り、文明開花が謳われ、西洋文化が日本人の生活に入り込んできてから、彼はウソツキ霊媒師と言われるようになる。
科学的根拠に基づかない、見えない力。本来の人にはない霊的能力は、次第に忌み嫌われ、魔女狩りのようにユリアの父親を社会から抹殺しようとした。
それは、家に火をつけられたり、複数の男に殴られ見せ物にされたり、ユリアや母親が襲われたりと、悪質なものだった。
ユリアの父親は、どんどんと生気がなくなり、人嫌いになり、人を避けるように町から逃亡したのは、ユリアが14歳の頃だった。
父親は、家から去る前に、ユリアの能力を心配した。ユリアに癒しの力があることを、父親はユリアが幼児期の頃から見抜いていた。
今まで、ユリアが両手で包み込むように抱いたものは、例えば傷ついた小鳥の怪我を治癒させたり、盲目の人を開眼させたり、歩けない人が歩けるようになったりと、不思議なオーラの力で治癒をさせていた。
父親は、ユリアの癒しの力があることが知られて、自分と同じように社会から抹殺されることを恐れ、心配した。
「いいかい。ユリア、よくお聞き」
父親は、14歳に成長したユリアの目線に立ち、優しく話しかける。
「はい、父様」
ユリアは真剣な父の目を見つめる。
ユリアは、父親が大好きであったので、父親が去ってしまうことを敏感に感じとり、涙目になっていた。
「ユリアの癒しの力を、決して人前では使ってはいけない。できるだけ地味にして、ひっそりと日々を過ごすのだよ」
父親も、別れの時をユリアが予感していることを理解していた。
「父様、父様、はい、、」
ユリアは、胸が悲しみで張り裂けそうになり、今にも父親にしがみついてしまう自分を何とか抑えていた。
「良い子だ。住む場所が決まったら、連絡するからね。母様をよろしく頼む。気丈に振る舞っているだけで、芯は弱いから、ユリアが守ってあげるんだよ」
父親は、切ない目でユリアを見て、「約束だよ」と、小指を出し、ユリアの小指と結んだ。
「うん、約束する」
ユリアは、涙を堪えて父親と“指切りげんまん‘’をする。
そのときから、ユリアは着るものは必ず黒か紺色、茶色に限定し、華やかなものを遠ざけて生きてきた。
残された母親はうつ的になり、一時は何も食べられなくなったが、ユリアは健気に料理を作り、親身に母親の世話をした。
その甲斐あり、母親はユリアのために生きようと誓い、奮起して古書集めに精を出し、喫茶店を開店させたのだ。
ユリアは、父親との約束を忠実に守り、決して人前では癒しの力を使うことはなかった。
ただ、人が見ていないとき、野良犬や野良猫の怪我を治癒させたり、小鳥の羽を回復させたりしていた。
ユリア自身も、父親の姿を見て、霊能力は人々に理解されないものであり、理解できないものを人は抹殺しようとすることを学んでいた。
……しかし、これまでずっと、人に癒しの力を使わずにできていたが、今日は違った。ユリアがいつものように、茶の仕入れに行くため、店を出て歩いていたときだった。
猛スピードで突進してきた自動車に、小学生の女の子が、小走りで道路を渡ろうとしたところで車にぶつかり、轢かれてしまう。
ユリアは急ブレーキ音を聞き、その場に駆け寄った。女の子を大勢の人々が囲んでいる。
ユリアは女の子がどのような状態なのか、人波をかき分けて見た。
女の子を見た瞬間、ユリアは、息を呑んだ。
「アツロウさんの娘さん、キノアちゃんだわ!」
ユリアは、何度かアツロウが店に娘を連れて来たので、覚えていた。
キノアは頭を打っていた。気絶をして、額からは血が滴り落ちている。
「助けないと!」
ユリアは必死になり、キノアを抱き起こした。
(でも、こんな大勢の前で力を使うなんて、父親との約束を破ることになる)
ユリアの顔は青ざめ、どうしたら良いかわからず、キノアを抱く手が震えてくる。
(どうする!?どうしたらいい?!)