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1.

 彼女の名は、ユリア・ヤマモト。彼女は私に気づいていないが、私はユリアに一番近い存在。彼女の空気のように、いつも寄り添っている守護神だ。


 彼女は、前髪は眉の下まで垂らし、後ろ髪はゴムで一つにまとめ、身に纏う服は黒や茶色、飾り物は一つもしていない。

 

 19歳、年頃の娘であるのに、見るからに地味な人だった。


 そんなユリアが、最近、恋をした。相手は、伯爵家のアツロウ・カナイ。妻子持ちで、妻のミレーユは、フランスの旧家の娘だ。


 明治時代、文明開花が花咲く頃であった。西洋文化がどんどんと輸入される中、ユリアの母は、女手一つで、古書喫茶店を開いた。


 アツロウは、ヤマモト親子が営む、古書喫茶店が気に入り、夕方になると、たびたび足を運んでいた。


 古書喫茶店は、その店名通り、店内に多数の古書が置かれ、自由に喫茶店内で読むことができる。


 喫茶店というと西洋風のイメージだが、店内は畳が敷かれ、掘り炬燵で茶を飲むスタイルだった。


 店内には琴を弾くスペースもあり、時々ユリアや母親が琴を奏でていた。


 アツロウは、ユリアの弾く琴の音色が好きで、よく彼女にせがんでいた。


 「どの店も最近はピアノばかりなのに、この店は琴が聴ける」


 アツロウは、切長の目を閉じて、心地良さそうに、ユリアの音色に聴き惚れる。


「アツロウさんの奥さんも、ピアノ上手なんでしょうね」


 ユリアは琴を奏でる手を休め、頬を薄らと赤く染めて、アツロウに視線を送る。


「まあね、弾くことは弾くが、僕はピアノより、琴の音色が好きだ」


「あら、今の時代で珍しい。みんな、ピアノが、好きなのに」


 ユリアは、興味深そうに、くるりと目を丸める。


「なんていうかね、琴の微妙な音色が、日本人のワビサビの気持ちに合うように感じるんだ」


 アツロウは、苦笑をして答える。


「なんだか、アツロウさんの気持ち、わかる気がする。西洋は自我が強くて、ピアノも主張が強いからね。私は、気後れしてしまうの」


 ユリアはアツロウの前では、言葉多く話す。


「そう、ミレーユもまるで火のように情熱的だ。僕はね、初めは、その情熱が魅力的に見えたんだよ」


 アツロウは、奥方を思い出し、目を細める。ユリアは、その姿を見て、眉を翳らす。


 きっと、ユリアは、心の中では嫉妬で渦巻く気持ちをなんとかおさめているのだろう。


 ユリアがいつからアツロウに恋心を持ったのかは、正確にはわからない。


 わかっているのは、半年前からアツロウが喫茶店に通い始め、ユリアの琴の音色を気持ち良さそうに聴き始めた頃から、彼女の頬が赤く染まるようになったことだ。


 ユリアには、特殊な能力があり、人のオーラの光が見える。


 それに加えて、癒しの力の使い手でもあった。彼女は、人のもつ自然治癒力を高める能力がある。


 だから、アツロウの優しく透き通る、緑の木々をイメージするようなオーラの光を感じ、惹かれたのかもしれない。


 アツロウはアツロウで、時々灰色に濁ることがあるから、家庭か仕事かうまくいっていないのかもしれない。


 アツロウに恋の気持ちがあるのかはわからないが、ユリアの癒しの光に、アツロウが惹かれているのはよくわかる。


 ユリアが琴を弾き、アツロウが心地良く聞いている二人の姿は、誰にも侵入できない空気が漂っていた。


 アツロウは、16時くらいやって来て、昆布茶を頼み、古書を丹念に読み耽り、17時過ぎに帰って行く。


 アツロウは週に3日くらいの頻度でやって来る。アツロウが来た日は、ユリアは嬉々として昆布茶を沸かし、手製の饅頭をサービスする。


 アツロウが帰るとき、ユリアは淋しそうに後ろ姿を見送る。


 わかりやすく態度がでているのだ、ユリアの気持ちに、アツロウは気づいているはずだ。


 しかし、この1年間、二人の関係に進展はなかった。不倫は罪であり、その領域を犯す覚悟は、ユリアにはない。


 ユリアが何もかも捨て、不倫に手をだしていく覚悟が出てくるのは、もう少し後のことだ。


 アツロウの妻、ミレーユのオーラがあまりにも強い火の力を持ち、アツロウに死の危険があると感じるその日までは、二人はただの客と店番の関係以上、以下でもなかった。


 


 


 

 









 




 



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