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anthology  作者: 森川めだか
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永久機関は誰のため

永久機関は誰のため


 かつては世界中を驚かせる発明を次々と成し遂げ、名を馳せた発明家、トエル博士。

寄る歳波で、長く研究からは遠ざかっていたが、今は巨大な自宅の研究室に閉じこもり、ある研究に没頭している。


 そんなある日、来客があった。

「マタエー君か。何しに来た?」地下の研究室から、ドアの前に立っている男に話しかけた。

「トエル先生。お久しぶりです。何やらまた研究を再開されたとかで・・。学会はその話で持ち切りですぞ。・・今日はご挨拶に、と」マタエーは包んでいた手土産をカメラに見せた。

「そうか、そうか。まあ、入りたまえ。今行くよ」トエルはエレベーターに乗って、地上に出た。自宅の窓からはこれまた巨大な草木生い繁る庭が見えた。

「どうぞどうぞ」ドアを開けて、マタエーを招き入れるトエル。

ソファに腰かけて、汗を拭きながらテーブルに手土産を置くマタエー。

「甘い物はまだお好きですか?」

「ええ、ええ、好きだとも。好きだとも。何より脳の活性化、栄養・・」と言いながら、トエルは紅茶をカップに淹れて来た。

「しかし、相変わらず博士のお宅は凄い草いきれですな。都会の真ん中でこんなところはおそらくここだけでしょうなあ」まだ、額の汗を拭いているマタエー。

「私は何がしかに手を加えるのが仕事だが、唯一、自然には手を加えん主義でな。生え育つに任せるんじゃ」

「いやー、しかし、本当にご無沙汰ですな。またお会いできるとは、光栄です」マタエーはトエルのしわくちゃの手と握手した。

「何も、何も。わしは引退した身じゃから、何となく学会の方々と会うのは遠慮していたんじゃ・・」カップの紅茶を一口飲み、マタエーの持って来たケーキを一口食べた。

「それですよ。また研究をお始めになられたとかで・・。世間は狭いものですな。あっという間に噂は広まるものです・・」

「わしが何を今研究しているかを知りたいのじゃろ?」トエルが少し笑って言った。

「いやはや、何でもお見通しですな。ずばりその通りなんです。世紀の大発明家の先生が、・・失礼ですが、そのお歳でまた再開されたとなると、何の研究をなされているのかと、私の好奇心も刺激されるというものです」

「マタエー君の方はどういう調子だい?」

「私は今、国に命じられて、小さな研究をさせられております。マウスの細胞を変化させて、少しずつ違う生き物に変身させるという、・・まあごくつまらない仕事ですよ」

「それはつまらんなあ・・」トエルはまた少し笑って、紅茶を飲んだ。

「で、トエル先生の研究とは?」マタエーが目を輝かせて聞いた。

「他でもないマタエー君じゃ。教えてやろう。それは、・・永久機関じゃよ」

「え? 永久機関? あの、永久機関ですか?」

「そう。無限にエネルギーを発生させ続ける。それを作っているんじゃよ」

「それは、・・何か、突破点が見つかったのですか? そんな研究を・・。凄い!」マタエーは声を上げた。

「まあまあだな。実のところ、わしが死ぬ頃、出来上がるんじゃないかと思っとる」

「そんな、・・縁起でもない」

「本当じゃよ。夢だが、・・この頃死ぬ夢をよく見るんだ。その中身は言えんが、・・何か予感めいたものもあるんじゃ。だから、わしは死ぬことはちっとも怖くない。むしろそれはわしのこの研究が達成させられるということだからな。研究者にとって怖いものは結果を出せんことじゃ。分かるじゃろ?」

「まあ、そうですが・・。その研究とは一体どれくらい進んでおられるのですか?」

「まあ、・・・・あと一か月くらいだろうね」

「そんなに早く! いやあ、驚きました。まさにトエル先生は世紀の大発明家でおられる!」

「この話は口外はしてくれるなよ。もし、結果が出せなんだら恥ずかしいものな・・」

「ハハハ、いやいや、私の口の堅さは博士もよくご存知でしょう? 一か月後、楽しみですなあ・・。学会がひっくり返りますよ。ハハハハ」

「じゃあ、また。研究が終ったら、電話でもするよ」

「有難う御座います。ではまた」帽子を被り直して、マタエーは出て行った。

それをトエルは微笑みながら、見送った。


 ちょうど一か月後。トエルはマタエーに電話していた。

「ああ、マタエーさんの奥さんかね。わし、トエルじゃ。そう、そのトエル。マタエー君はご在宅かね。うん。はい。じゃあ、待っとるよ。・・・・ああ、マタエー君。わしじゃ。そう。研究が完成したよ。すまんね、こんな夜中に。いやいや、そんな大したもんじゃない。本当に。相変わらず大ゲサじゃのー。うん。いいのかね? そこからじゃ、真夜中になってしまうよ?・・そうかい。じゃ、待っとるよ」電話を切って、トエルはソファに横になった。そして、煙草に火を点けた。トエルは一つの研究を達成した時に一本だけ煙草を吸うことに決めてある。空っぽの灰皿に灰を少しずつ落としながら、生涯最後の煙草を心ゆくまで味わった。

ややあって、玄関前に車がキキッと止まる音がした。トエルはドアのカギを開けて待った。

ノックの音。トエルはソファに座っていた。

「開いとるよ」トエルは応えた。ドアが開いた、雨に濡れた黒いレインコートのマタエーが入って来た。

「これはこれは、博士。研究が完成されたとかで・・」

「こっちじゃ」レインコートのままのマタエーを、地下室に通した。

巨大な研究室は何も無かった。すっかり整頓されていたのだ。

「どこで?」マタエーが聞いた。

「これじゃよ」古い机から膨大な紙の束を出したトエル。

それをマタエーに渡した。マタエーはそれを食い入るように読み始めた。トエルはそれを幼子を見るように微笑みながら見ていた。

静かな静かな時間が過ぎていった。

マタエーが読み終えて、感嘆の声を上げた。

「博士、あなたは天才だ。寸分の狂いもない。何も疑う余地がない」

「そうじゃろ、そうじゃろ。これでわしには何の悔いも無い」

「そうですか・・・・」マタエーがレインコートの内ポケットから、何かを出した。拳銃だった。

「死んでもらいます」銃口をトエルのこめかみに当てた。

「マタエー君、撃つなら腹にしてくれんかな? わしはこの脳に随分お世話になった。苦しめられもしたがな・・。忍びないんじゃ。な、腹に」トエルが笑って言った。

「先生・・・・」マタエーは驚いたが、素直に銃でトエルの腹を撃った。

トエルは血が溢れ出す傷口を押さえながら、口から血がこぼれ出るままに言った。

「夢の通りだ。カハハ。全く。あの夢を見ているようじゃ」

「じゃあ、博士、あなたは全て知って・・」マタエーは呆然として言った。手が震えていた。

「さあ、わしの最後の成果だ。ここに君のサインを。・・それでこれは君のものになる。さあ、さっさと行け。そして学会で発表するんじゃ。頼んだぞ。・・人は不思議な運命を生きる。まるで与えられたかのように・・・・」そう笑って言って、トエルは死んだ。その前にひざまずいて、泣きながらマタエーは研究者欄に自分の名のサインをした。

そして、そこに指紋を拭き取った拳銃を置いて、逃げ出した。本降りの雨の夜だった。

車でしばらく行った所で、マタエーは車を止め、赤子のように泣いた。

何もかもが悲しくてたまらなかった。


 トエルの死体がある研究室の隣の部屋で、猫が遊んでいる。

トエルが可愛がっていた猫だった。

その猫は永久に動くことを止めない鼠のおもちゃと闘っていた。

でも、すぐ飽きてしまうだろう。猫は馬鹿じゃないから。


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